待ち人の大牙くんだった。
部屋の中に入ってくるやいなや、牛口先生と私の間に割り込んでくる。
そうして、私の身体をぎゅっと抱き寄せると、相手のことを睨んだ。あまりの眼光の鋭さに普段の大牙くんじゃないみたい。
ひとまず良かったと思って、ほっと溜息を吐く。
実は……
数日前に大牙くんが調査してくれて、牛口先生が鼠川組の組長にお世話になってることを教えてくれたんだ。大牙くんが一人で鼠川組に乗り込むっていうものだから、私はもちろん大反対。そうして、私が囮になって牛口先生の悪事を暴いて見せるって言ったら、揉めに揉めた。
大牙くんは『まゆりちゃんを危険な目には遭わせられないから連れていけない』の一点張りだったんだけど、私も引かなかった。それで、折れた大牙くんが『危ない目に遭いそうになったら逃げるから、あとクリスマスに俺へのご褒美を弾んでね』という条件を出してきて、現在に至るってわけ。
それにしたって――
あれれ?てっきり警察を捕まえての現行犯逮捕に持っていく予定だったのかなって思ったんだけど、警察が近くにいないみたいなんだけど……
牛口先生が馬鹿にしたように、こっちを見てくる。
「兎羽先生の王子様気取りか?」
「別に王子様のつもりはないかな。そもそも、女の子騙して婚約破棄してくる王子様よりも、まゆりちゃんが好きな騎士様の方が断然良いしさ。さあさあ、まゆりちゃんの願い通り、さっさと自首しなよ、牛口先生? さもないと大変なことになっちゃうよ?」
ヤクザの巣窟みたいな場所だっていうのに、大牙くんが無邪気に相手を煽ってた。
昔っから怖いもの知らずだな。
とはいえ、警察も呼ばずに大丈夫なのかな?
頭の良い大牙くんのことだし、何か勝算があるんだとは思うんだけど……
それにしたって鼠川組長さん、なんでそんなにブルブル震えてるんだろう?
というよりも黒スーツのヤクザの組員さんみたいな人たちまで、ひそひそ話してるし。
なんだか周囲の雰囲気がさっきまでとは違うものだから気になってしまって、きょろきょろと視線を彷徨わせてしまう。
「龍ヶ崎先生、海外の有名大学を卒業しているようだが、へらへらした見た目の通り頭が本当はあまり良くないようだ。鼠川組長、どうか、こいつらを奥の部屋に――」
だが、鼠川組長は何も答えない。
「鼠川組長……?」
牛口先生が後ろを振り向くと、鼠川組長は首を横にフルフルと振った。
そうして――
「すまない、牛口くん、我々のためにも自首してくれないか?」
え?
突然態度が変わったから、私の方までびっくりしてしまった。
いったいぜんたいどういうこと?
私一人の時と変わったことと言えば、大牙くんが来たぐらいしかなくって……
「何が起こって……?」
困惑している牛口先生を見て、私の方の混乱も深まるばかり。
すると、大牙くんから耳打ちされる。
「まゆりちゃん、俺の秘密をしっても、本当の本当に好きでいてくれる?」
縋るような瞳で見つめられると胸がきゅうっと疼く。
「もちろん」
すると、大牙君が蕩けるような笑みを浮かべる。
「ありがとう、まゆりちゃん」
牛口先生と鼠川組長に視線を戻す。
「どうしてですか、組長、俺を突然切るなんて、一体何が……!」
「お前は、あの御方の正体を知らないのか?」
「え?」
すると、鼠川組長がブルブル震えながら、大牙くんを指さした。
どうして大牙くんを……?
そうして、組長が唇を戦慄かせながら告げた。
「その人は、関東一帯を支配している龍ヶ崎組第七代組長のご子息であり、龍ヶ崎組の若頭――龍ヶ崎大牙様だぞ――!」


