「もしも?」
「まゆりちゃんは真面目だからさ、やっぱりヤクザとかさ、悪い男っていうのは苦手かなあ?」
「え?」
唐突な質問だった。
例えば「教師になった俺は苦手かなあ?」とかなら、なんとなく大牙くんが自分のことを尋ねてきてるのかなって思うんだけど……
どうして――自分以外の職業の質問をしてくるんだろう?
「う~ん、そうだね。ヤクザは怖いイメージがやっぱりあるかな?」
「まあ、そうだろうね」
なぜだか目の前の大牙くんが苦笑した。
質問の意図が分からないから困っちゃうんだけど……
とはいえ、教師をしていて思ったことがある。
「社会にはなくてはならない存在なんだと思う」
「ふうん、まゆりちゃん、どうしてなの?」
「光あるところに闇があるんだよ!」
宣言すると大牙くんが苦笑していた。
「すごい抽象的で俺みたいな解答になってるよ?」
私は作文とか小論文とかを提出しなさいって言われると、何度も下書きして清書した後、何回も推敲してから提出するタイプ。面接だってパターンを考えて、解答案をいくつか用意して攻略してきたんだ。だから――突然の質問に弱い。今だって授業の準備にものすごい時間をかけちゃうんだ。
ちょっとだけ時間をもらってから、そうして素直な気持ちを答えた。
「その人次第かも?」
「へ?」
私の回答を聞いて、大牙くんが面食らってた。
「学生時代はさ色んなしがらみに囚われずに、色んな人と仲良くしてたけど……大人になると、なんだか違って……高校の教員をしててさ……職業とか外見とか、そんなのって記号にすぎないと思うようになったんだよね」
「へえ?」
少しだけ大牙くんの瞳が光る。
「教員の中には未だに学生のことを親の職業なんかで差別してくるような人もいるけど……親は選べないし、そもそも、それってその子の本質を見てないよねって思ってて……自分の境遇に負けずに自分で道を開いていく子もたくさんいるけどさ、そのまま自分の生まれが辛くて潰れちゃう子もいる。だけど、そんな子が少しでも減ってくれたらなって……」
ああやっぱり……! 何も考えずにしゃべると全然違う方向に話が向かってしまう。
なんとか軌道修正しなくちゃ……!
「ヤクザの話だったけれど、そういうのも誰かに対してのレッテル貼りみたいなものだって思ってね。だから、そういうのに惑わされず、相手がどういう人かをしっかり見極めるの。好きでやってる暴力的な人もいれば、行き場がないだとか、そんな事情があってヤクザをしてる人もいるだろうし……だから――」
大牙くんが黙って話を聞いてくれている。
「自分の信念があって、それを貫くためにその仕事を選んでるんなら――医者でも弁護士でも、警察でもコンビニのバイトやパートさん、アパレルでも在宅のお仕事でも――それこそヤクザでも教師でも――どんな職業であれ、カッコイイと思うんだ」
紛れもない本心だ。
「もちろん、病気やケガなんかで事情があって働けない人もいるだろうから、そういう人達はのぞいてね。きゃっ……!」
突然、大牙くんがぎゅっと私のことを抱きしめてくるものだから驚いてしまった。
そうして彼がぽつぽつと話しはじめる。
「それって……隠しごとしてたような俺でも、ありなの?」
今度こそ大牙くんが自分のことを尋ねてきた。
「もちろん、大牙くんが大牙くんでありさえすれば、教師でも警察でも、それこそヤクザでも何でも良いよ」
そこまで言うと、少しだけ尖った雰囲気だった大牙くんの雰囲気がいつもの明るい雰囲気に戻った。
「まゆりちゃんも俺のことが好きなの!? 嬉しいな!」


