「犬塚さん!」

 通路の向こうから一人の女子生徒が姿を現わした。
 進学校ではかなり目立つ見た目の女の子。いわゆる今時珍しい黒ギャルだ。金髪ツインテールに少しだけ浅黒い肌、化粧はバッチリ決めていて、高校2年生を意味する赤いリボンに、改造制服のスカートは膝よりも短めで、上の年代の女子高生たちの間で流行ってたルーズソックスなんかを履いている。
 そんな犬塚さんなんだけど、なぜだか私に懐いているんだよね。

「えへへ、校長先生の言い方に似てたあ?」

 ニヤニヤしながら犬塚さんが私に喋りかけてきた。
 そうして、私の近くにくると隣に立っていた大牙くんのことをジロジロ見はじめる。

「ふうん、真面目な兎羽先生の元カレが、実はこんな陽キャの塊だったなんてね。そりゃあ、学校中の噂に決まってるっしょ」

「な……! そんな! 付き合ったりしてもいないのに!」

 私は動揺しまくりだったんだけど、大牙くんはいたって無邪気に微笑んでいる。

「学校中の噂だよ、ロマンスって感じだね。韓流ばっかり鑑賞してる、うちのお母さんが好きそう。わたしたち学生の間じゃあ、結婚秒読みだって噂だよ。先生たちは心配しなくて良いよ。ネットで二人のこと言いふらしたりなんかしないからさ。むしろ最近ゆとりがない時代だし、面白い話題ができたって楽しんでる」

 生まれた時からSNSがあった世代はネットリテラシーがしっかりしてるみたい?
 ウインクしながら犬塚さんが私を揶揄ってくるんだけど……
 大牙くんも犬塚さんも同類なんじゃない……!?
 喜々として笑っていた犬塚さんだったけど、突然キリリと真面目な表情に変わった。

「ああ、そうだ……兎羽先生に相談があってきたんだ」

「相談?」

「龍ヶ崎先生の前で言うのもアレだけど、牛口先生のことなんだ」

「え?」

 元婚約者の話題が出てきたので、ちょっとだけ動揺してしまう。
 この前、ちょっと話題にしてたら大牙くんも怒ってたけど、今みたら普通の表情だった。
 犬塚さんが続けてくる。

「牛口先生ってさ、元々兎羽先生と婚約する前に付き合ってた彼女と交際するんだったよね?」

「ええっと……」

 職員室で噂になったのを耳にした学生たちの間でも噂になっているのは知っているけれど、学生である犬塚さんに対して真実を告げても良いものだろうか?

「ああ、大好きな兎羽先生を困らせたいわけじゃないんだ。実はさ――」


 この時、牛口先生について思いがけない事実を耳にしてしまったのだった。