梨沙視点〜

夏のはじまり⋯つまり初夏。私達、青空学園の生徒は、体育祭の準備で大忙し…。
「…になるはずなんだけど?!」
私達のクラスは、大忙しじゃなくとーっても暇。その理由は、体育祭実行委員の二人。一人は私の幼馴染、鈴木海音(すずきかいと)。運動が好きだからか、私が知ってるかぎり、いつも体育祭の実行委員をしてる。もう一人は、山田さん。クラスのリーダー的な人物。まぁ、あまり話したことはないんだけど⋯。とにかく、その二人が「早めに終わらせて楽しよう!」って言ったから、早めに始めて早めに終わった。
正直、暇すぎて逆に疲れた。もう少し、わいわいして楽しみたかったなぁ。
「梨沙(りさ)ちゃん」
「ひな!紗希(さき)も!」
「ウチはおまけか!」
そう言いつつ笑ってる紗希と、その横でふわっと微笑んでるひな。いつも通りの日常なんだけど…。
「なーんか違うんだよねぇ⋯」
「でた、りさっちのよく分かんないやつ」
よく分かんないとは失礼な!
私はそう思いつつ、廊下の窓へと目をやった。他クラスの子が「C組の子達がサボってる!」「うわ、ずるー」とか言ってる。私達はサボってるんじゃなくて、もう終わったんですー!って言っても、多分信じてくれないよねぇ⋯。
するとその時、急に目の前が真っ暗になった。
「りさっち、だーれだ!」
声と呼び方的に紗希なんだけどなぁ⋯。多分違う気がする⋯。それに、私にこんなことするってことは⋯。
「海音?」
「残念、僕だよ」
茨木誠(いばらぎまこと)くんはそう言いながら、手を離してくれた。
なんだ、海音じゃなかったのか⋯。でも、私の推測?は惜しいよね。多分。
私は周りを見渡した。クラスには色々な子がいる。友達と話してる子、スマホを見てる子、本を読んでる子、絵を書いてる子、そして体育祭の話をしてる二人。
それに比べて私は⋯と、そのとき、海音と目が合った。海音は口パクで「こっち見んな」って言った⋯気がする。それに対して私は「うっさい、集中しなよ」とだけ言った。もちろん、口パクで。
「仲良いよね、海音と速川(はやかわ)」
急に背後から声が聞こえたから「ひゃっ」と、変な声が出た。いや、怖すぎ?
「まぁ、梨沙ちゃんと海音くんは幼馴染だからねー」
ふふっと微笑しながら、ひなが自慢気に言う。ひな、そこ自慢するとこじゃないよ?でも可愛いからいいや。
その後、私達は皆で世間話をして盛り上がった。今思ったけど、体育祭の準備よりこっちの方が楽しいかもな。けど⋯さっきから海音の視線がウザイなぁ⋯。
「海音めっちゃこっち見てくんじゃん、怖」
隼人(はやと)くんは、くすくすと笑いながらそう言う。
「もしかして海音、速川のこと好きなんじゃね?」
隼人くんはからかうかのように、さっきのに続けてそう言った。
「そんなわけないじゃん?私達、幼馴染だよ?」
私と海音はたまたま幼馴染になっただけ。家が近いのも、学校が同じなのも全部偶然⋯。だから、海音が私を好きだなんてありえない。





海音視点〜

さっきから梨沙達が気になって、体育祭の話どころじゃない。てか、会話こっちまで聞こえてるっての。仲良いとか当たり前、幼馴染だぞ⋯ってひなのが自慢気に言ったか⋯。いや、なんで自慢気なんだよ。
「鈴木くん、聞いてる?」
突然、山田に名前を呼ばれて驚いた。そういえば体育祭の話してたな⋯。これが梨沙と一緒だったら良かったのに⋯。まあ、あいつはこういうこと苦手だししないと思ってたけど。
「どこまで進んだっけ?」
とりあえず集中。じゃないと勝つもんも勝てねぇし。




✿.*・゚ .゚・*.





パカパーンと体育祭開始の合図の音が、校庭に鳴り響く。
「かーいーと!」
「ん?」
背後から声がして振り向けば、いつもは下ろしてる髪を、一つ結びにしている梨沙がいた。
梨沙は「ハチマキ上手く出来ないから⋯」と言って、俺にハチマキを渡してきた。あー⋯やれってことね。上手くやれなくても⋯いや、こいつのだしちゃんとやるか。そう思いながら梨沙の髪に触れる。すると梨沙の髪の匂いがふわっと鼻腔をくすぐった。
やば⋯このまま抱きしめたい。俺の手から離れないように、強く抱きとめておきたい。
「海音?」
梨沙の声ではっと我に返る。
「ほら、できたから」
梨沙の髪に触れていた手をすぐにどけ、俺はそう言った。
さっき俺、めっちゃ変なこと考えてた⋯。体育祭で変な気起こさないように気をつけねぇと⋯。
「そういや梨沙⋯」
「ん?⋯って、あ!佐々木先輩!ごめん!また後で聞くね!」
梨沙はそれだけ言うと、その佐々木先輩とかいう奴のとこまで、駆け足で行ってしまった。その時の梨沙が俺と話してる時よりも、楽しそうに見えた。





梨沙視点〜

先輩、なんでここにいるんだろ⋯。一応、2年のところなんだけどな⋯。でも、学校で話せるのそんなにないから、意外とラッキーかも?
「梨沙ちゃん、さっきの男の子は?」
「あ⋯ただの幼馴染ですよ」
まあ⋯嘘じゃないけど、言い方良くなかったかも。
「彼氏じゃないんだ?」
先輩がそう言った瞬間、ドキッとした。私が海音の好きなことバレてる⋯そう思った。
「海音は⋯多分、好きな人いると思うんで⋯」
自分でそう言っときながら、胸がチクチクと痛かった。体育祭実行委員で話し合ってたとき、山田さんといい感じだったから、海音は山田さんが好きなのかも⋯いや、もしかしたらもう付き合ってる⋯。考えたくないのが、どんどん頭に浮かんできて苦しかった。
「梨沙ちゃん、大丈夫?」
「え⋯あ、はい。大丈夫です!」
体育祭始まったばっかなんだから、暗いことばっかり考えてちゃ駄目だよね。そう思っても、心は真っ暗闇の中にあるような気がした。



「いちについて…よーい、どん!!」
その言葉とともに、第一走者が走りだす。私達C組の第一走者は海音だ。
海音は、私達のクラスで一番足が速い。小学校の頃から運動が人一倍得意で、ずっとサッカーを続けていた。高校に入った今もサッカー部に入ってるから、それだけ好きなんだろうな…。でも、そんな海音にもう少しだけ、違うことをしてみたらいいのにって、思っちゃってる私がいる。
「鈴木くん、頑張ってー!!」
山田さんのその大きな声で、意識が現実へと戻る。
多分、山田さんは海音のことが好きだ。体育祭実行委員を決めるときも、海音が手を挙げてから自分も立候補してた。海音と話すときも、他の子と話すときより、声が少し高くなってる。取られたくない…そう思ってるのに、私よりもみんなに人気で、美人な山田さんと海音が並んでる姿を想像してしまう…。
そんなことばっかり考えていたら、いつの間にか私の番が来た。私の順番は最後から2番目…つまり、アンカーの前。
私は海音みたく、足が速くはない。けれど、このクラスで勝ちたい…そう思ってるから、私は全速力で走った。そして、アンカー。アンカーは海音だ。
「海音…!」
「ん」
海音の手にバトンが渡った。海音は受け取ったバトンをしっかり持ち、前を向いて走り出した。
クラスのみんなが、一生懸命アンカーの海音を応援している。それは勿論、私も同じ。残り半分…!頑張って…!。私は心の中でそう応援し、祈るかのように手を合わせた。と、その時、海音が何かに引っかかって、ズサーっと音を立てて、転んでしまった。私は無意識のうちに、海音の方へと駆け寄って行っていた。




海音視点〜

「痛い」
救護テントのところで、俺の怪我の手当をしている梨沙に、そう言う。「仕方ないじゃん」と、俺を睨みつける梨沙に、なぜか納得してしまう。そりゃそうだ。あんなところで、あんな盛大に転けるから、結構ヤバめの怪我なんだから。
「つーかさ、お前って好きな奴いんの?」
なんとなく思いついた質問だった。普通、こんなときに聞くことじゃねぇだろ…と、自分で思いながらも、梨沙からの返事を待つ。