【プロローグ】



「…………ーー」

 魔界と人間界の境目。そこでは時の流れと風景が違っている。

 魔界は暗い、月の照らす世界。人間界は明るい、太陽の照らす世界。植物が少ない魔界と、緑の肥えた人間界。

「アストライア様」

 そんな魔界と人間界の境目を、魔界の丘陵地から見ていた者がいた。それがアストライアだ。

 歳は十六。だがその歳にして魔力は高精度、高濃度にして豊富。アストライアは魔界でも随一の頭脳と魔力量を保持している天才児だった。

 アプリコットの長い髪は所々編み込まれ、ハーフアップにされている。瞳はローズレッドで、ふっとこちらを微笑めば、並ならぬ妖艶さで周りを魅力することだろう。

 そんなアストライアには一人の主従契約を結んだ人間の青年がいた。

「なにかしら、シン」

 シンは人間界からやってきた、今は十九の青年だ。

 ミッドナイトブルーの髪は、アストライアと同じようにさらさらとしている。瞳はピーコックブルーで、とても綺麗だ。

 シンはアストライアと並んでも見劣りしない、これまた美しい容姿の青年であった。

「旅立ちの時が近づいてきました」
「あら、もうそんな時間なのね。ありがとう、シン」
「あなたの従者として、当然のことをしたまでです」
「ふふっ」

 シンがアストライアと主従契約を結んだのは、アストライアに勇者を殺してもらうためだ。その代償に、シンはアストライアの従者となった。

 今日はその契約を果たすため、人間界へと旅立つ日であった。

(謙遜しなくてもいいのに……)

 だが、それがシンだ。

(十年経っても変わらないものはあるのね)

 アストライアへの忠誠や、自分を軽んじるところは、きっと何年経っても変わらないだろう。

 アストライアはふっと笑みを溢す。

「アストライア様?」
「なんでもないわ。それより、ルカとシャーロットは?」
「奥でお待ちです」

 ルカとシャーロットは訳あって、アストライアとシンと共に人間界へ、勇者を殺すために旅立つ仲間だ。

「ご案内致します」
「えぇ、お願い」

 そう言うと、シンは恭しくアストライアの手を取り、ルカとシャーロットのまた場所へと、静かに歩み出した。

「…………ーー」

 爽やかな風がアストライアを吹き抜ける。

(懐かしいわね)

 アストライアがシンと会った日も、同じような風が吹いていた日だった。

 アストライアの脳裏に、今日までの十年分の記憶が流れた。