俺は、多分みんなと違う。
みんなが普通だと思っていることを気持ち悪く思ったり、みんなが気持ち悪く思うことが俺は平気だったりする。
例えば、蜘蛛を見て怖がっているのに蚊は平気で潰していること、人殺しは非難されて牛や豚を殺している人は誰もにも何も言われないことなどが不思議だ。
だって、同じ生物のはずなのに蜘蛛は怖くて蚊は全然平気なのも、生きているものを殺すのは悪いことってみんなが知っている一般常識なのに虫を殺したり、肉や魚などを食べても誰も咎めないのも変だ。
これをおかしいと思うのはなんで俺だけなのだろう。俺はなんで他の人と違うのだろう。
息が詰まる、生きづらい、どうして俺だけ...
「普通になりたい」、「みんなと生きたい」、ただそれだけなのに。
なんで叶わないんだろう。
これまで両親への親孝行のためだけに頑張って生きてきた。それだけでも相当すごいと思う。そして小さい頃から俺は15歳の秋にこの世からいなくなろうと決めていたのだ。高校生は大人すぎるし、中学生では子供すぎる。なら真ん中くらいの15歳がちょうどいいと思ったのだ。
俺にとって死は何でもないこと、だって帰り際に「バイバイ」って違う道に進むのと何が違うの?
だから死のうとしたのに。だって何も感じないほうが楽だろ?自殺は誰も罪に問われることのない最高の終わり方だと思うから。
「ねぇねぇ!」
―そう、話しかけてきたやつがいた。
なんで俺なんかを構うんだ。俺何かと話していたってきっと何も楽しくないのに。
無視して学校の柵を乗り越えようとしたのにそいつに手を掴まれる。一体何なんだ、コイツは。
「俺に何か用ですか?」話しかけないでという思いを言葉にはださないが伝わるようにぶっきらぼうで冷たい口調で言う。
「暇ならちょっと付き合ってよ。」
...なんか嫌いだ、この人。飛び降りようとしているのに暇?そんなわけがないじゃないか。暇って何もすることない時間のことを言うんだろう?それだったら今の俺は絶対に暇ではないはずなのに。
「自殺しようとしてたんだからこの後予定ないでしょ?付き合うくらい良いでしょ。」あ、確かに。自殺するフリでない限り予定なんて入れているわけがない。その考えは正しいのかもしれない。
いや、考えは正しいけれど自殺を止めるのは無責任すぎると思う。俺は前々から決めていたし高校生になるまでにいなくなれればいいと考えているから良かったものの、本当に苦しんでい人だったらどうするんだろう、責任をとれるんだろうか?あぁ、今そんなことどうでもいいのか。なんの用なんだったんだろうか。
「で、なんの用ですか?」「ちょっと手伝って欲しい事があって、着いてきて。」何を手伝って欲しいのか言って欲しかったのに、はぐらかされてしまった。手を引っ張られているから逃げることもできないし。
そもそも誰なんだこいつ、連れられている俺ならまだしも自分から話しかけてきたのに名乗りもしないし。まぁ聞けば良い話か。
「名乗ってください、誰?」「まだ名乗ってなかったね。は雨宮蘭、学年は君と同じだから敬語は使わなくていいよ。」
あまみやらんって凄く綺麗な名前だな、俺の一番好きな名前がらんなこともあるが雨宮という苗字は音も漢字も凄くきれいだと思う。
そういえば、俺は物語でらんってキャラクターが男だったから名前に男のイメージを持っているが実際は女のほうが多いよな。
そもそもいそうでいない名前だかららんって現実で初めて見た。どんな漢字なんだろう。
あれ、そういえば今どこに向かっているんだろう。相手の名前に興味湧きすぎて今の状況を忘れていた。
手伝うなら一人じゃできないことだよな?物を運ぶとかかな。どうせ着いたらわかるし考える必要もないか。どちらも喋り出さないので少し無言の時間が続く。
「着いた!これ運ぶの手伝ってほしいんだけどいい?」「いいよ。」
相手が指を指した先をよく見ずに答える。運ぶだけならなんでも多分大丈夫だろう、そんな甘い考えでいたのに。
...は?これ全部運ぶのか?腰の高さほどに積み上げられた新聞紙が10個ほどある。
職員室ってここから反対の館だよな?ここ一階で職員室三階だしこんなに一人で運ぶのは確かに大変だろうな。一体何周すれば運び終わるのだろうかなんで引き受けたんだろうか。
「こんな大変そうなことなんで引き受けたの?」素直に疑問をぶつけてみる。
だってこんなの適当な理由をつけて断ればいいじゃないか。なんでわざわざそんな面倒くさいことをするのだろうか。
「だって、先生が困ってそうだったから」それだけ?困ってるからって面倒事を率先してやるのか?それをおかしいと考える僕が変なのか、相手が変なのか前例がなさすぎて予想もつかない。
どうでもいいか、そんなこと。わかったところで何をするというわけでもないしまたこんな場面に出くわすことなんてそうそうないだろうし考えるだけ無駄だし、正直なところどうでもいい。今はこれを運ぶことが最優先事項だ。
「わかった。じゃあ早く運ぼう。」「ありがとう!」
それから職員室に行くまでの間、蘭はずっと僕に質問をしていた。
「兄弟とかいるの?」「好きな本は?」「好きな食べ物は?」「動物は何が好き?」「好きな有名人は?」「もし魔法が使えるなら何が良い?」その質問になんの意味があるのかは僕には理解できなかったが無視するのもどうかと思い、ぶっきらぼうに質問に答え続けた。
「歳の離れた兄が一人。」「いいたくない。」「特にない、だいたい好き。」「特にいない。」「動物と話してみたい。」
「あ、そうだ。君の名前は?」この人に言いたくはないな、何故かそう思った。
「僕の名前は、一条真澄。」「そうなんだ!とっても綺麗で素敵な名前だね。」「...そうでもない。」
一応聞かれたから答えたけれどやはりなぜか蘭に名前を教えたのが嫌でそっけない答え方をしてしまった。せっかく褒めてくれたのに最悪だ。自分の名前をどうしても好きになれないことと何か関係があるのだろうか。
僕の名前をつけたのは父親だ。父親は小さい頃僕と母さんを置いて突然どこかに消えた。そのせいでいつも母さんは仕事詰め。夜いないことなんて当たり前、なのに僕を高校に行かせようしている。母さんはいつもどこか体調が悪そうで目の下にくまを作って、でも笑顔で頑張ってくれていた。正直高校に行く、というか高校生になるまで生きるつもりがないので罪悪感しかなかったが何を言おうが「大丈夫だから」の一点張りでどうしようもなかったのだ。
で、僕達を捨てた父親への恨みと母親への負い目で15年間共に過ごしてきた名前だと言うのに「一条真澄」という名前が僕は嫌いだ。
「いや、綺麗だよ。ますみってどこまでも澄んでいて綺麗な音だ。君にとても似合ってると思う。」「...だよ。」「え?」
「君に何がわかるんだよ...僕のことなんて、気持ちなんて何も知らないくせに僕に似合ってるだなんておかしいだろ。何もわからないくせに、知ったような口を聞くな!」
風の音が聞こえる。自分の息が切れて心拍数があがっているのがわかる。
...やってしまった。蘭は褒めてくれたのに、褒めてくれた人を怒鳴るなんて最低だ。何故か蘭の態度すべてが鼻についていたからって今のはやってはいけないことだ。
ごめん、そう口に出しかけたのに。
「俺に何がわかるかって?何もわかんないよ、君のことなんて。」
...は?君のことなんてわからない?自分が似合ってるって言って怒らせたのに??
意味がわからない。
「正直俺らまだ出会ってまだ数十分なんだし、君のことなんて俺は何も知らない。君が思ってることなんて分かるわけがない、今んとこ興味もないしね。でも、初対面の人の頼み事に付き合ったり嫌な態度をとっても結局はちゃんと手伝ってくれたり。なんだかんだ言って君の心はどこまでも澄んでいて本当は優しいんだろうなって思ったんだ。
さっき会ったばっかりなんだから俺から見た君は優しい君でしかないんだよ、もし君が何を抱えていようとも過去に誰を傷つけていようとも。君は俺がした勝手な想像の中にいる君なんだ。難しいことを考える必要なんてどこにもない。」
こんなに他人のことを考えない人間に出会ったのは初めてかもしれない。同族嫌悪に近しい感情なのかは分からないが僕はやっぱり蘭のことを好きになれないと思った。
そして、「雨宮蘭」という人間に少し興味が湧いたのもきっとこのときからだった_。