「そのような処遇は、皇后様が黙っておられないだろう」

 皇帝が体裁も考えずに廃太子にしようとするのだから、ミシュロがなにかとんでもないことをしたのは間違いない。
 けれど息子を愛してやまないプライドの高い皇后がそれをすんなりと受け入れるとは思えない。
 亀裂が入るようないざこざがあったとしても、なんとか皇帝をなだめて穏便に済ませようとするはずだ。

「皇后様も胸を痛められておられます。ここ二日ほどは床に伏せっておいでだそうで……」

 サイラスから聞かされていた話を元に、スヴァンテは皇后に対して強靭な精神の持ち主という印象を抱いていた。
 見た目は美しくとも中身は鬼のようで、平気でひどい仕打ちをする女性だと。
 けれどそんな人でも息子のことになると少しは人間らしくなるのだなと、ぼんやりと思った。
 
「兄上はいったいなにをやらかしたんだ?」
「……シルフィア妃のことはご存知ですか?」
「ああ。皇帝陛下の新しい側妃だろう?」

 若いころから皇帝は好色家で、それは王宮内にいる者なら誰でも知っている。
 容姿端麗な女性を集めて宴を催していた時期もあるが、年齢を重ねるごとにそれも自然と減っていった。
 だが、五十歳を目前にした皇帝は新たな側妃を娶った。それがシルフィア妃だ。
 一年前、自分の娘と同じ年ごろのシルフィアを側妃にしたのは、王宮内だけでなく国民全員が驚いた。
 相当入れ込んでいたに違いない。さすがに好色が過ぎるのではないかと一時期(ちまた)で噂になったほどだ。

「シルフィア妃は北方の血が混じっておられるので、珍しい紫色の瞳をしたとても美しい女性なのです」

 スヴァンテはあきれながらウンウンとうなずいた。容姿が美しくなければ皇帝が側妃にするはずがない。

「シルフィア妃に魅せられたのは皇帝陛下だけではありませんでした。ミシュロ殿下も好意を持たれたようで……」

 勘の鋭いスヴァンテは聞きながら話の結末に気づいてキュッと眉根を寄せた。

(厄介だな。好色というのは遺伝するのだろうか)