「カリナ様、お荷物はすべて運び込みました」

 クリスタル宮での儀式やパーティーは驚くほど早く終わり、少し離れた場所にあるローズ宮に馬車で移動してくるとシビーユが待っていた。
 ブロムベルク家の使用人たちには、捜索がうまくいって本物のカリナを見つけたと説明をしている。ごまかそうとしてマルセルがついた大ウソだ。
 フィオラ自身も実家の養蜂の仕事を手伝わなくてはいけなくなったので退職すると偽り、全員に挨拶を済ませて屋敷を出てきた。
 使用人で唯一すべての事情を知っているシビーユが、今後はブロムベルク家との連絡係を担うことになっている。

「シビーユさん、ありがとうございます」
「敬語はお辞めください」

 日々を共に過ごしたシビーユの顔を見ただけで気が緩んでしまった。今はフィオラではなくカリナなのだ。しっかりしなくては。

「侍女をひとりも伴わずに嫁いでくるとは思わなかったな。俺はよほど嫌われているらしい」

 後ろから声がして振り向くと、サイラスがこちらに歩いてきていた。
 それに気づいたシビーユがすかさず腰を深く折って頭を下げる。

「滅相もございません。我が主人を始めブロムベルク家の人間は誰もサイラス様を嫌ってなどおりません」
「本気にするな。冗談だ」

 自虐的な嫌味を言われたと受け取りそうになったけれど、どうやら彼はそういうつもりではなかったようだ。バツが悪そうにフフッと笑っている。

「専属の侍女が家庭の事情で先日辞めてしまったのです」

 シビーユを助けるためにフィオラは横から口を挟んだ。

「それは君の父上から聞いたが、慣れない新居で見知った使用人がいないのは不安じゃないか?」
「……大丈夫です」

 (もしかして、今のは私を気遣ってくれたのかしら?)

 思いがけないサイラスの言葉にフィオラは拍子抜けしてしまった。
 会話をすれば乱暴な発言しかしないのだろうと覚悟していたけれど、よく考えたらサイラスは生まれながらの貴公子なのだからそんなはずはない。