「……皇帝陛下を(たばか)るのですか?」

 この国の最高権力者である皇帝を(あざむ)くことがどれほど重い罪に値するのか、フィオラは平民だがしっかりと理解している。

「真実が明るみに出たら島流しくらいでは済まないな。斬首刑だろう」
「……斬首……」
「とはいえ、正直に打ち明けたところで不敬罪は免れない。我々が全員、うまく国外に逃げられたとしても死ぬまで逃亡生活だ。それなら誰か身代わりを立てるほうがいいと判断した」

 どうしてそうなるのかと、フィオラは首を横に振りそうになった。
 結局のところ、マルセルは今の地位や名誉を捨てたくないのだ。不敬罪で罪人なったり逃亡者になるのはどうしても嫌で、有り余る財産で優雅な暮らしをしながら地位を保ちたい気持ちが強い。
 もちろん、娘の行方や安否は気になっているだろうけれど。

「第二皇子が皇后様と折り合いが悪く、ローズ宮で暮らしているのは知っているか?」
「……はい」
「そういう事情だから、結婚後も皇帝陛下や皇后様とほとんど顔を合わせることはないはずだ。おとなしくひっそりと暮らしていれば問題はない」

 マルセルが言うにはこうだ。
 サイラスが未婚なのは世間的に体裁が悪いから、形式上誰かと結婚させておけばいいと皇帝は考えているだけで、結婚相手がどんな令嬢なのかは興味がないのだと。
 だが、そんな説明を聞いてもすんなりと首を縦には振れなかった。
 もしこの罪に手を貸してしまったら、カリナの身代わりとして死ぬまでローズ宮で暮らさなければならないのだから。
 いや、その前に成りすましがバレて斬首刑にされそうだ。

「旦那様には今まで本当によくしていただいて、大変感謝しております。ですが……この件だけはどうか、どうかお許しください」

 フィオラは手だけでなく声も震わせながら椅子から下りて床に両膝をつき、マルセルに懇願した。