王家と公爵家の娘の婚姻の儀ともあり、貴族たちが多く参加していた。
 もちろんお父様やお兄様もいて、その少し後ろに控えめに義母もいるのが見えた。

(相変わらず暗い顔……)

 美人だけど私は彼女の笑顔を見たことはない。
 彼女は人形なのだろうか、そんな風に思っていると、誓いの聖杯の時が訪れた。
 聖杯に注がれた水を、新郎新婦が順に飲んで言葉を交わす。
 これがこの国の習わしであった。
 神父なら聖杯を受け取り、私はゆっくりとその水を飲もうとした。

 その時、私の持っていた聖杯にナイフが刺さった。

「え……?」

 何が起こったかわからない私は、ナイフの飛んできたほうをみた。
 その先には、義母がいた──。

「ミスリル殿下! 毒でございます。神父が毒を盛りました」

 義母の訴えを聞き、殿下は神父の服装を検める。
 すると、袖の部分に毒の入っていたであろう小瓶が見つかった。

「くそっ!」
「フェリスっ!」

 神父が隠していたナイフを私に向けてきたが、殿下がそれを鮮やかに跳ね返した。
 私を背中に守るように神父と対峙する殿下だったが、私の後ろからも衛兵に紛れていた敵が襲ってくる。

「アリア!」

 殿下の呼び声と共に、いや、それより早く義母は飛び出して私の側に駆け寄った。
 私を挟み、殿下は神父と、義母は衛兵複数と対峙している。

(どうなってるの……!?)

 何が起こっているのか分からない私の目の前で、戦いはおこなわれる。
 すると、衛兵の一人が私に向かって叫んだ。

「死ね! ラエンバートの王女がっ!」
「え……?」

(ラエンバートって確か20年くらい前に滅びた隣の国……王女? なんで私に言ってるの?)

 そう私が考えていると、義母がその衛兵に告げた。

「あなたですね、5年前から何度も王女の命を狙っていたのは」
「え……」
「ルーベリア公爵家の庭に忍び込み、王女の好きな花を使って誘き出そうとしたり、王女の御学友を買収してぬいぐるみに毒を塗ったナイフを仕込んだりしたのは」

 義母の言葉を聞いて、私は驚いた。
 それと同時に私が知らないところで起きていたであろう暗殺計画を予感してぞっとした。

(まさか、私、命を狙われていたの……?)

 義母は衛兵が言い訳やら私への罵詈雑言を言った瞬間、目にも止まらぬ剣さばきで衛兵たちを次々に捕縛していく。
 殿下と、さらに騎士団も加わって、反乱は一気に鎮められた。


「フェリス、黙っていてごめん。君の母親はラエンバートの王女だったんだ。国が滅びるときに、親交があった我が国を頼り、亡命してきたんだ。そして、君の父親と結婚して君を産んだ」
「では、私は……」
「ラエンバート王家の血筋を引くものが生きていることを知った者が、君や君の母親を狙うようになったんだ。そんなとき、君の母親は病で……」

 お母様が王女で、それで亡命してきていた。

「お兄様は……?」

 私の問いに、お父様が少し申し訳なさそうに答えた。

「ヴィルラートは私と前妻の子なんだ。黙っていてすまなかった。君の実の母親の願いだったんだ。君に平穏な幸せを与えたいっていうのが」

 じゃあ、義母は?
 私が彼女の方に視線を向けると、彼女は跪いていた。
 そんな彼女を見つめていると、お兄様が私に声をかけた。

「アリア様は、君の本当のお母様の侍女だった人だ。全てを君と君のお母様へと捧げ、君のお母様が亡くなった後は、君に気づかれないようにそっと守り、支えていた」

 私は一歩、義母に近づいた。

「長い間、貴方様を騙し、申し訳ございませんでした」

 義母は初めて私に話しかけた。
 彼女はじっと地面を見つめ、顔を上げることはない。

 私は、そっと一歩踏み出した。

 ぎゅっと真珠のような美しい髪ごと、私は抱きしめた。

「フェリス様……?」
「ずっと、私はあなたが嫌いだった」
「……はい」

 私はそっと義母の手に、自分の手を重ねた。


 私は今日、嫁ぐ。
 私を産んでくれたお母様、ありがとう。
 私を支えてくれたお父様、ありがとう。
 私を溺愛してくれたお兄様、ありがとう。

 それから、殿下。
 これからを共に生きること、楽しみです。

 そして、もう一人──。

「ありがとう、お母様」
  
 私の目の前にいるお母様は、小さな声で私を送り出してくれた。

「幸せになってね、フェリス」