母親からの沈痛な想いを聞く。
幼馴染で交際十年。
仕事(税理士)にも慣れて来て、挙式を直前に控えたある日。
『もっと色んな恋もしてみたい』と言われ、婚約者は突如姿を消したらしい。
共通の友人の話では、海外にいるらしいという情報だけ。
お互いに初恋だったから、何の疑いもなく未来に『結婚』があった。
挙式を控え、ふと俯瞰して見た時に『世界はもっと広い』と思ってしまったのだろうか。
*
「橋本さん(自殺未遂の男性患者)、ご気分は如何ですか?」
意識が戻った彼は、うつろな目で夕映を追う。
クレンメで輸液の速度を調節し、脈を診る。
「……先生」
「はい、……どうしました?」
夕映がゆっくりと視線を彼へと移すと、思いもしない熱い視線を向けられた。
「っ……あと一時間ほどで点滴が終わりますので、これが終わったら帰れますからね」
夕映は視線を手元に落とし、バイタル表に書き込む。
「沢田さん、これが終わったら帰宅できるとご家族に話して貰える?」
「はい、分かりました」
「何かありましたら、看護師にお声かけ下さいね」
夕映は足早にその場を後にした。
「先輩、左大腿部裂傷の患者、骨に異常はありませんでした」
「じゃあ、縫合したら帰って貰っていいよ。……あっ、やっぱいい、私が縫合する。長野君は奥のベッドの様子を診てて貰える?」
「あ、はい、分かりました」
工事現場で脚を負傷した患者の縫合処置に向かう夕映。
カーテンで遮られているから直視されているわけではないのに先程の視線が気になって、胸がざわめいていた。



