今時、電子カルテに切り替わっているとはいえ、処方箋やらカンファレンスの書類やら押印することが多い。
医師御用達の専門店で、カスタマイズした物だ。
ボールペンのボディ部分を選び、中身のインクの色と判子の名前をオーダーする仕組み。
『神坂』という苗字が在庫であるのか心配だったが、運よく在庫であったのだ。
一度きちんと御礼をしておけば、気持ち的にも負担が少ない。
根が真面目な夕映は、貸し借りしている状況がどうしても許せなかったのだ。
とはいえ、借家の対価に換算したら、オーダーメイドのボールペンなど安価すぎるのだが…。
車は神楽坂の大通りから一本中に入ったコインパーキングに停車した。
車から降りて、彼の後を追う。
住宅街の中に溶け込むようにしてある一軒。
看板がない。
「神坂さんのご自宅じゃないですよね?」
辺りをキョロキョロしていると、不敵に微笑んだ彼がスッと腕を伸ばして来た。
「看板のない、和食処だよ」
「へ?」
「入れば分かるから」
腰に回された彼の腕にリードされ、敷居を跨ぐ。
中央に囲炉裏が設けられた炭火焼のお店。
年配のご夫婦らしき一組がいるだけで、他のお客は見当たらない。
「いらっしゃいませ」
「早かったわね」
「そんなに混んでなかったから」
「……」
既に着席している年配の女性と顔見知りのようだ。
フランクに話す彼を横目でチラ見した、次の瞬間。
「初めまして、采人の祖母です。貴女が夕映さんね」
「ッ?!!!」
「采人が会わせたい女性がいると言うから、急でごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「まぁ、立ち話もなんだから、とりあえず食事にしよう。夕映さん、豚肉はお好きかな?」
予想もできない展開に、夕映の口からは今にも心臓が飛び出しそう。



