お弁当を食べ終わり、お茶を淹れ直す。
「暗証番号、変えないの?」
「それなんですけど…」
実は変え方を忘れたのだ。
引っ越しする時間もなくて、業者に丸投げした夕映。
元々、片付けが得意な方じゃない。
極力荷物を増やさないようにしていたから二日で退去できたが、普通ならどう考えても無理な話。
変更の仕方を忘れてしまったことを伝えると、『やっぱりな、そうだと思った』と、屈託のない笑みが返って来た。
「じゃあ、このままで」
「へ?」
「変更する必要ないでしょ」
「……??」
意味が分かりません。
変更の仕方を忘れたのは私ですけど、変更自体は必要ですよ。
「別に俺が出入りしてても問題なかったでしょ、今まで」
「………はい。……はい?えっ、ありますよっ!問題だらけですよ!」
「どこが?」
「どこがって……。神坂さん、婚約者さんがいらっしゃるじゃないですか」
「ん、いるね」
「だからですよ。結婚を約束している女性がいるのに、別の女性の家に上がり込むなんて、許されませんよ!」
「今、上がってるけど?」
「っっ……、そうなんですけど…」
しれっとした顔で言い切る彼。
悪びれる様子もなく、こちらが拍子抜けしてしまう。
「『婚約者』ではあるけど、『結婚を約束した』覚えはないけど?」
「……え?」
「親に言われて、仕方なく『婚約』という形を取っただけで、彼女も俺と結婚する気はさらさらないよ」
「………はい?」
頭が追いつかない。
『婚約』って、将来『結婚すること』を前提にするものじゃないの?
そもそも、結婚を約束するという意味よね?
私の辞書には、それ以外の解釈なんてどこにも記されてないんだけど……。



