瀬能は最初、わたしの存在に気付いていなかった。 それほどの集中力だった。 あの、彼が。 どこか聴いたことのある、流れるような美しいその旋律に心を鷲掴みにされる感覚。 見惚れるというのは、こういうことかと思った。 『それ、なんて曲?』 瀬能遊という男と関わるきっかけになったそれは、"アラベスク"という曲だった。 その日から、わたしの中で彼が"問題児"から"気になる存在"へ。 わたしはこの音楽室を時折覗きに行くようになる。 ただ、瀬能の弾くピアノが聴きたくて。