「なにがいいんだよ」
「楽しそうなやつ」
「ザックリだな」
やれやれといった様子で、瀬能は椅子に腰掛けた。
今はもう使われることのない旧音楽室。
中にあるのは、ホコリの被った机や追いやられたのであろう小物が入った段ボールたち。
そして、この部屋の中で唯一綺麗に保たれているグランドピアノ。
黒く光ったそれに手をかけた瀬能は、白黒の鍵盤に細長い指を置いた。
ポロン、と、一回音を立ててから弾き始めるのが瀬能の癖。
瀬能が弾いてくれたその曲は、クラシックをあまり知らないわたしでも聴いたことのある曲だった。
タイトルまではわからないけれど。
瀬能遊という男は、女癖も最悪な問題児。
けれど、そこからは正直想像できないほどに綺麗な音色を奏でてくれるという、もうひとつの一面も持っている。



