市場を離れてお店までの道を並んで歩いているとルークが気まずそうに口を開いた。

「その・・・先ほどは兄がすまない。気を遣合わせてしまった」

申し訳なさそうにいうルークに大丈夫だと笑いかければそうかっと呟いた。
ただ挨拶を交わしただけだし何も気にするような事はないのにルークにとっては気になるようだった。

「お兄さんと仲がいいんですね」
「んー、仲が良いというよりアルは俺をからかって反応を見るのが楽しいらしい。」

ややため息交じりに言う様子から不満に思っているのが伺える。そんな様子が実家の屋敷に残してきた年の離れた弟と重なりなんだか大人の男性なのに可愛らしく見えてしまった。

「時に可愛い弟をからかいたくなる気持ちは何となくわかります。私もついやってしまうので」
「リリスにも弟がいるのか?」
「はい。年が離れている分余計に可愛くて、たまに構いすぎて怒られますけどね」

自分と重なったのかルークは少し呆れたようにあんまりやり過ぎるなよと苦笑を浮かべていた。反省も込めて善処しますと返せばふっと笑いながら口元を綻ばせていた。ルークがこんなに柔らかく笑っているのを見るのはもしかしたら初めてかもしれないとリリスは思った。普段は基本ポーカーフェイスで余り感情の起伏を感じ取れないのだけれど今日一日で色んなルークを見られて、新鮮な気持ちがどんどん更新されてしまう。とても貴重な一日になったなと胸の奥が暖かくなる。

ーー・・。

無事にお店について荷物を受け取ろうと思ったらどうせだから中まで運んでくれるらしくお言葉に甘えることにした。扉を開けて中に入ると奥から出てきたローラさんがリリスと一緒にルークが入ってきたのを見て驚いた様子で挨拶とお礼をしていた。

「騎士様、いらっしゃいませ。重たいのにわざわざありがとうございます。」
「自分から言い出したことだ、気にしないでくれ」

ローラさんは急いでマルクさんを呼びに再び厨房の方へ行き、すぐにマルクさんも出来てきた。謝りながら麻袋を受け取るとまた厨房の方へ消えていった。

「騎士様、ケーキ召し上がっていきますか?」
「あぁ、いつものやつ頼む」
「かしこまりました」

いつもの席に案内してあげようと前に踏み込んだ時だった。歩き慣れている場所だったはずなのに何かに躓いて前のめりになる。”うわあぁぁ”なんて色気のない声を上げながら手をつこうと両手を前に出した。だがすぐに力強く抱きかかえられてた。誰になんていうまでもない。

「大丈夫か?」

頭の上から降ってくるルークの声とお腹に回された逞しい腕に恥ずかしいやら申し訳ないやらでどっと羞恥心が襲ってきた。リリスは慌てて体制を立て直し、すごい勢いで腕から離れるとルークが驚いた様子で見つめていた。

「すすすっすみません!!だ、大丈夫です!!」
「・・・・・・」
「(お願いだからあんまり見ないで~)」

視線が痛くて真っ赤になった顔を隠す様に俯きながら席まで案内して逃げるように厨房へ向かった。厨房に引っ込むまでずっとルークの視線を背中にビンビン感じていてとても恥ずかしかった。顔から火が出そうなくらい頬が熱くなっていて、手の甲を当てたり仰いだりしてなんとか熱を逃がそうとする。まさかあんな醜態をさらしてしまうとは不覚。完全に油断していた為自分で踏ん張ることも出来ずルークの腕に全体重を乗せてしまったと思う。しかもお腹で。リリスは他の年頃の子と比べて幾分か肉付きが良いことを気にしていたため完全に意気消沈してしまった。

(太ってるって思われたかなぁ・・・。内心、重たって思ってたかも・・・。)

しかも、変な奇声まであげてしまったし。あれは年頃のレディとしていかがなものか。後ろ向きな考えが頭を支配してしまいなんだか泣きたくなってきた。それでもいつものケーキセットをトレーに乗せてルークの元へと持って行かなくてはいけない。重い脚に喝を入れて厨房を出た。

「お待たせしました」
「ありがとう。その、大丈夫か?」
「大丈夫です。お騒がせしてしまいすみません。騎士様にもご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。」
「迷惑じゃない。それより君に怪我がなくてよかった。」

純粋に自分の心配をしてくれる気持ちが嬉しくて胸が高鳴る。ルークはいつもそうだ。ポーカーフェイスだし、クールで一見冷たい人のように見えるが少し話せば彼の優しさが滲んでいてとてもあったかい人だとわかる。

ーーそんな彼が私は・・・

そこまで思い至ってハッとする。顔を見られるのが急に恥ずかしくなり持っていたトレーで口元を隠した。でも肝心のルークはリリスの返答に安心したのかもうテーブルに並べられたケーキに意識を向けていた。今日のケーキは以前も出したことのあるフィナンシェの盛り合わせだ。プレーンとチョコレートとナッツを砕いて入れたものと3種類の味が楽しめるものだ。これはリリスの憶測だが、ルークはクリームを使ったものも好きだけど焼き菓子の方がお好みの様だった。その為ケーキセットのメニューに焼き菓子を多めに取り入れていた。メニューは基本的にマルクさんから了承さえ得られればリリスの好きなものを提供していいことになっていて、ルークは酒場の常連さんである為メニューを決める上で美味しかったかそうでなかったかを判断材料にさせてもらっていた。それで必然的に焼き菓子を提供する頻度も増えていった。フィナンシェをあっという間に平らげたルークは紅茶を飲んでお菓子の余韻に浸っているようだ。貴重な休憩時間を邪魔しては悪いと思いごゆっくりと一言声を掛けその場から離れた。リリスはそのまま仕事に戻っていった。だが少ししてすぐにルークはお勘定っと席を立った。もともといつも長居していくわけではないし、今日も先ほどの様子から駐屯所に戻ってからも仕事が立て込んでいるに違いない。

「騎士様、本日のお代は結構です。リリスがお世話になりましたしサービスさせてください。」
「いや、あれは自分から言い出したことで、本当に気にしないでくれ。」
「そんな訳にいきません。本当にお代は結構ですから。」

頑なにお代を受け取ろうとしないローラさんに困った様子のルーク。それでも最終的に根負けして女将さんの厚意を素直にいただくことにした。お礼を伝えてお店を出ようとするルークにリリスは近づくと声を掛けた。

「騎士様、今日は本当に助かりました。ありがとうございました。これ、もしよければアスベル様といただいてください。」

そうお辞儀をした後にリリスが手渡してきたのは可愛らしい柄の包みに包まれた飴玉だった。しかも大玉だ。こんなものしかなくてすみませんと肩を竦めていたがリリスの気持ちが嬉しくてありがたくもらっておいた。ルークは飴玉を懐にしまうと今度こそ酒場を後にした。