明朝は少し肌寒いけど日が昇ればふんわりと春の暖和を感じれる季節になってきた今日この頃。リリスは今日も今日とて仕事に精を出していた。日中は定食屋をやっている為仕事の休憩がてらお昼ご飯を食べに来店されるお客さんが比較的多い。コロコロと入れ替わるお客さんにお店の中は
大忙しだ。それでもここにきてくれるお客さんはいい人達ばかりで最後には笑顔でごちとうさま、美味しかったよって言って帰ってくれるから気持ちよく働けている。だからこそここでの仕事が大好きになったのだ。
お昼時のピークを過ぎた辺りでここの女将さんであるローラさんに呼び止められた。

「リリス、悪いんだけど休憩がてら買い出しにいってきてくれないかい?メインで使ってた食材が足りなくなりそうで、」
「わかりました。いいですよ」
「慌てなくても騎士様が来る時間までに買ってきてくれたらいいからさ。頼んだよ」

そう言われてお金を持たされる。騎士様と言われリリスは思わずドキリッとしてしまう。ローズさんもマルクさんも余計な気を利かせて騎士様とくっつけようとしてくるもんだから、騎士様から直々にご指名されている訳でも何でもないけどいつの間にか騎士様の接客はリリスの仕事ということで定着していた。
・・・まぁ、嫌ではないんだけどね。

店を出て中央広場に向かって歩くと大きな噴水広場が見えてくる。ここの中央広場は人通りが多く、たまに露店が並んだりイベントが行われたり大道芸を披露する旅芸人がいたりその時によって様々だ。今日もいろんな人が行きかっておりずいぶん賑わっている。そのまま太い大通りを真っすぐ抜けると市場に抜けられる為リリスは早いところ用事を済ませようと足早に市場へと向かった。


ーー・・。


「どうも、ありがあとう」
「まいどあり!」

頼まれた最後の食材を買い終えて荷物を抱え直す。種類は少ないが多めに仕入れたので結構な持ち物になってしまった。大きめの麻袋にたくさんの野菜が入っており落としてしまわないようにしっかりと握りしめる。特に寄りたい所もない為ゆっくりでいいと言われたがこのままお店に戻ることにした。こんなに荷物を持ったまま散策なんて出来ないしなとリリスは来た道を引き返そうと市場の入り口まで向かった。

入り口付近に差し掛かると周囲の女性達の色めき立つ声が聞こえてきた。少し立ち止まりその人達が見つめる方に視線をやればそこにいたのは聖騎士団の制服を着た人達がいた。その中心にいたのはアスベル様だった。

ーーアスベル様こと、アスベル・ヴィルヘルン。
ヴィルヘルン伯爵家の次男でルークの兄である。ルークと同じく聖騎士団[竜胆」の隊長で、剣の腕はもちろんだが貴族学校を首席で卒業しており、とても優秀な人材であるというのは周知の事実であった。それに容姿端麗で艶やかな髪は女性に引けを取らないくらいサラサラで、陶器の様な滑らかな肌は色白でとても戦場で剣を振るっているとは思えないほどだ。それに加えて長身で日々の訓練の賜物か鍛えられた肉体はとても逞しく一度でいいからその腕に抱かれてみたいと話す女性が後を絶たないらしい。でも特定の女性を作らず遊び歩いていると言う話だ。つまりわかりやすい話、典型的な女性大好き軟派野郎である。

「見て、アスベル様よ。今日もとっても麗しいわぁ」
「本当に!真剣な眼差しも素敵~」

猫なで声で話す女性に紛れつつ騎士団の様子を見ているとアスベルが周りの女性達に向かって愛想を振りまいており、目の前の女性達も微笑み掛けられ手を振られたという事実に黄色い声を上げながら蕩けていた。さすがモテる殿方の破壊力は桁違いのようだ。その様子をリリスは半ば呆れて見ているとアスベルに近寄る影が一つ。それはルークだった。真剣な様子で話している為きっと仕事の話をしているのだろう。改めてルークが仕事をしている姿は新鮮でつい見惚れてしまう。普段はお店の隅の方で小さくなってケーキを頬張っている姿ばかり見ている為どこか可愛らしいとさえ思っていたけど、こうしてみるルークはやはり凛々しくカッコいいと思う。すっかり惚けているとふいにルークとばちりと目が合った。見惚れていたのがバレてないかと居た堪れない気持ちになり、慌てて会釈をしてその場から立ち去ろうとしたがルークは真っ直ぐリリスの方へ近づいてきた。

(え!こっちくる、なんで?!)

咄嗟のことにその場であたふたしているとあっという間にルークは近くまで来てしまい完全に逃げるタイミングを失ってしまった。

「ご、ごきげんよう騎士様」
「ああ、こんな所で何をしているんだ?今日は店は休みなのか?」
「いいえ。女将さんからお使いを頼まれまして」

リリスの持っている荷物を見てあぁっと納得したように声を上げる。するとごく自然にその荷物を持ってくれた。

「騎士様!重たいですから、自分で持ちますよ」
「これくらい問題ない。それより他に行く所はあるのか?店まで送ろう」
「いえ、もう用事は済ませたので帰るだけですけど・・・・そんな事より騎士様はお仕事中だったのでは?」
「もう終えたから大丈夫だ」
「でも・・・・」

荷物持ちをさせるだけでも申し訳ないのに自分の為に仕事を中断させてしまうのはこれまた申し訳ないと思うのだがルークは行くぞっともう送る気でいて、何を言っても聞いてくれなさそうだからここは素直に甘えておくことにした。先に歩き出したルークに慌ててついていくがまたすぐに呼び止められてしまった。

「ルーク副隊長、一体どこにいくんだい?」

声を掛けながら近寄ってきたのはアスベルだった。ルークはアスベルを一瞥するとその場に立ち止まった。リリスもまたルークの背に隠れる形で立ち止まった。小さく、本当に小さくため息が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか?

「もう私の任は終えましたのでこのまま休憩に行ってきます。部下にもそう伝えましたので」
「おや、もうそんな時間か。・・・ところでそちらの可憐なレディはどなたかな?」

アスベルは紹介してくれるかい?と問いかけながらルークの背を覗き込む様に背後にいたリリスにひょっこり顔を出した。ニコニコと人当たりの良さそうな笑顔を貼り付けてリリスをまじまじと見つめている。こんな美形に至近距離で見つめられたら少なからず緊張してしまう。おまけに周りからヒソヒソとあの女性はどなたかしら?声を掛けらるなんて羨ましいわ、なんて聞こえてきて正直居心地が悪い。改めて姿勢を正して向き直り深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかります。私はリリス・アンクレールと申します。」
「初めまして、私はアスベルヴィルヘルン。もしやアンクレール子爵のご息女かな?」
「!はい、左様でございます」

リリスは正直驚いた。自分の身分が分かられているとは思っていなかったからだ。やはり聖騎士団の隊長様といったところか、社交界などに出たことも無ければ貴族らしい生き方なんて全くしてこなかったのに。アスベルはよろしくねと笑って挨拶してくれるがそれから隠す様にルークは自分の背後にまたリリスを引っ込めさせた。リリスはどうしたのだろうとルークの様子を伺うがやはり前髪が邪魔で何もわからなかった。

「彼女を店まで送り届けてから戻ります」
「店?・・・・あぁ!リリス嬢が例の娘か!」

ルークの言葉に何かを理解したのかニッコリ顔笑っていた顔が更に明るく華やいだ。それからルークの肩をバシバシ叩きながらそうかそうか!と何やら嬉しそうにしていた。いつものポーカーフェイスのルークも流石に痛い、痛いからと不機嫌そうにつぶやいていて仲がよさそうな2人を見ていたらつい顔が緩んでしまう。

「リリス嬢、いつも弟がそちらにお邪魔していると聞いているよ。迷惑はかけてないだろうか?」

目の前のルークは無視してリリスに話しかけるアスベルにちょっと!!と文句を漏らすルークは多分素の彼が出てしまっていてこれまた新鮮な気持ちになった。

「とんでもない!いつもご贔屓にしていただいて感謝しかありません」
「そうか、これからもお邪魔しに行くと思うからよろしく頼むよ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる様子を見てアスベルは安心した様な表情を見せ、ルークに向き直る。その時顔はすっかりルークの兄から聖騎士団隊長の顔に戻っていた。

「後のことはやっておくからしっかりリリス嬢をお送りしろ」
「はい、ありがとうございます」

行こうかとルークに促されリリスはアスベルに改めて頭を下げてその場を後にした。