ここはゼスティーヌ王国の城下町の中央広場から少し外れた所に位置する小さな酒場。昼間はただの定食屋だが日が落ちれば酒場に早変わり。広場から外れているものの中央区の一角ということもあり昼夜問わずっ人が途切れることはそうそうない。そんな繁盛しているお店にはもう一つ繁盛している理由があった。それは、

「おーい。注文いいかい?」
「はーい!ただいま!」

そう看板娘のリリスである。ワインレッドの赤毛にエレラルドグリーンの瞳、明るく元気いっぱいのごくごく普通の娘だ。一生懸命に働くリリスはいつも笑顔が絶えなくて面倒見のいいところもある為働き者で気立ての良い娘がいるとここら辺ではちょっとした人気者であった。リリスは王都の隣の田舎町出身で貧乏貴族アンクレール子爵の長女として育った。数年前に襲った飢饉で父の事業が苦しくなった時に少しでも家計の助けになればと旧友のなかだという酒場の主人マルクさんに掛け合って出稼ぎに来ることになったのがきっかけだった。だが、危うかった事業運営もしばらくして何とか持ち直し生活も安定してきたが、ここで働くのが気に入りわがままを言ってそのまま働かせてもらっているのだ。

「かしこまりました。お待ちくださいね」

にっこり笑ってから厨房の方に駆けていく後ろ姿を2人の男性客は惚けて見ており、他にも店内にいる客でリリスに熱い視線を向ける輩は少なくなかった。まぁ、当の本人は働くことに夢中でそんな視線になんて全く気が付いていなかったが。厨房の方に注文を伝えた所で扉が開く音が聞こえた。

「いらっしゃいませー。ーーあ、騎士様!」

扉の方を見やるとそこにはここの常連客の一人聖騎士団[竜胆]の副隊長ルーク・ヴィルヘルンが立っていた。リリスがすぐにどうぞこちらへと言い、いつもの窓辺の一番隅っこの席に案内した。

ーールーク・ヴィルヘルン
聖騎士団王太子直属部隊[竜胆]の副隊長である。そしてヴィルヘルン伯爵家の三男でもある。インディゴブルーの髪で普段寡黙でクールな彼は顔を見られるのがあまり好きではないのか前髪が長く表情を読み取るのは難しい。おまけにくせ毛なせいもあり見た目からはかなり野暮ったい印象を受ける。だがそんな野暮ったい見た目ではあるが剣の腕は確かでついこの間も魔物討伐で一番の戦果を挙げたとかで表彰されたと耳にした。そんな彼のささやかな楽しみであるそれは、

「お待たせしました。本日のケーキセットでございます」

目の前に並べられたの薄茶色のクリームが綺麗な曲線を描いて巻かれ、その頂には艶々の茶色い実が主役顔で鎮座している菓子。それと一緒に嗜むと茶葉の香りを楽しめるようにと選ばれた紅茶。紅茶のいい香りが湯気に乗って鼻口を掠めるとますます胃袋を刺激された。そう、ルークは大の菓子好きだった。そしてリリスが出してくれる菓子を堪能するのが日課であり、日々の楽しみだった。

「今日は栗をたくさん使ったモンブランです」
「モンブラン?」

聞きなれない言葉にすっとリリスの顔を見上げた。柔らかく微笑むとリリスはモンブランについて軽く説明を始めた。それを黙々と真剣に聞くルーク。リリスが毎回菓子について一言二言説明してくれるのも楽しみの一つだったりする。彼は長いことここに足を運んでくれていてもうかれこれ4年くらいになる。

「隣国のルルナ王国で今とっても流行っているらしいです。栗を使うなんて珍しいですよね。」
「そうなのか。」
「気に入ったらぜひ教えてくださいね」

では、ごゆっくりどうぞと頭を下げてリリスは仕事に戻っていった。そしてそっとルークの様子をカウンターの隅に隠れながら見守る。彼は無類の菓子好きなのはもうリリスも把握しているが彼は普段からクールでポーカーフェイスだ。故に表情から喜んでいるのかを判断するのは難しく来てくれる度に様子を観察して発見したちょっとした癖みたいなものがあった。それは彼が食べる二口目だ。彼は味が気に入ればすぐにもう一口食べる。まぁまぁ美味しいなくらいの物だと一度手を止めて紅茶をいただくのだ。

さぁ、今日はどっちなのかーー・・

カウンターで出来る作業をこなしながら度々チラッと様子を伺う。フォークを手に取りまずは一口頬張った。

(食べた・・・次は?)

彼はそのままフォークをケーキにあてがい二口目をいただいていた。

(連続で食べた!よかった、気に入ってくれたみたい)

ルークが何か言葉を発したりしている訳ではないがこの癖を知っているリリスには彼の背中から幸せそうにしている気がして周りにぽわぽわとお花が咲いているように見える。気に入ってもらえたという事実が嬉しくてついニヤけてしまいカウンター席のお客さんから何かいい事でもあったのかい?なんてからかわれてしまった。いけない、仕事に集中集中・・・


ーーー。


「ご馳走様。とても美味しかった」
「お口にあったようでよかったです。またいらしてくださいね」

ルークがお勘定と言って席を立ったので店先までお見送りをする。丁度夕方になる一歩手前、お客さんが少し引けてきたのもあり、今日はゆっくりお見送りできる。お礼を言うルークは相変わらポーカーフェイスであったがそれでも癖のおかげで彼が満足してくれたのを知っている。リリスは満足気に彼を見送った。

ルークはいつも同じ時間にやってくる。お仕事で多忙なはずなのに任務などで王都を離れる用事がない時は必ずと言っていいほど来店してはケーキセットを食べて帰っていく。よっぽどうちの店のお菓子が気に入ってくれているみたいで嬉しくなる。だってここの店のお菓子はほとんどリリスが作ったものばかりだからだ。自分が作ったものを美味しいと思って食べてくれるその事実が純粋に嬉しく思う。ぼぅっとしていたみたいでマルクさんの声で我に返り、緩み切った顔を引き締めて夜の仕事の仕込みを始めなくてはと気合を入れてお店に戻っていった。