「おはようございますお嬢様」

朝。あたしは専属のお世話係兼執事の声で目を覚ます。

「……。」

もう、彼女とは何年も話をしていない。

一方的に彼女から声をかけてもらっているだけ。

彼女に罪は無いけれど、この家に仕えているのだから、あまり信用ならない。

ずっとあたしの専属で、幼い頃は仕事で忙しい両親にかわってよく遊んでもらったりした。

今思えば、それも仮初の幸せだったかもしれない。

そう思っている、あの日からは。

「朝食の準備が出来ております、食堂へ」

毎日毎日繰り返されるこのやり取り。

いつも通りクローゼットの中に隠れて制服に着替える。

からからから…。

クローゼットから出ると部屋の中はカーテンが開けられ光が溢れていた。

時刻は午前7時。

あと15分で食事開始時間。最低5分前までに着席。

学校のような決まりがあるあたしの家は旧華族。

大正時代の日本を支えた華族だったそうだ。

名前は北御門(きたみかど)。

天皇家とも関わりがあったそうで、そこから西園寺家にも御恩があったらしい。

あたしの家族構成は父、継母、異母妹。

関係は…最悪だ。

最後に話したのはいつだろうか。

あたしの実母、紗蘭はあたしを産んだあと亡くなったそうだ。

理由は教えて貰えない。

知りたくも、ない。

はぁ、そろそろ行くとしよう。

長い長い廊下を歩いて食堂へ向かう。

重そうな扉を使用人が開けて中へはいる。

「あら、また最後なの?ほんとお前って子は。」

…っ。堪えてあたし。

「おはようございます、お義母様」

制服のスカートを摘んで少し脚をおって挨拶をする。

「まあ、お前にはお父様が見えていないのかしら?ほんと、周りが見えていないこと。」

「…っ、申し訳ございません、おはようございます、お父様」

「それで、私の質問には答えないの?」

「いつも、最後に来てしまい申し訳ございません」

とりあえず謝らないとこの人はうるさいのだ。

「はぁ、まったくこの子に悪影響だわ」

そう言って継母は、異母妹の美珠(みじゅ)の頭を撫で、

「あなたは、こんなのになってはいけませんよ?」

あたしよりも7つ下の異母妹はにっこりと微笑んで

「目にもいれたくありませんわ。お母様」

と、言ってみせた。

この小娘が…。

落ちつけ落ちつけ。

……。はぁ、

「肝に銘じておきます、お義母様」

「お前に、お義母様なんて言われたくないわ、いつまで突っ立っているの。美珠の目に入るでしょう。」

「早く座らないか」

もう、父さんはあたしを名前でも呼んでくれない。

あたしの名前、華名(はな)は父さんが着けてくれたと聞いているけれど…。

もう、興味もないのかな。

椅子に座る。音をたててはいけない。

幼い頃から叩き込まれたマナーだ。

生け花、社交ダンス、お茶、料理…。

あげだしたらキリのない程の習い事をさせられていたけれど、継母が来てからは全て辞めさせれらた。

理由は簡単、あの女はあたし事が憎いからだ。

元々継母と父が恋人同士だったらしいが、家の決定であたしのお母様と結婚したらい。

……、継母を泣く泣く捨てて。

それがあってからか、継母はあたしを毛嫌いしている。

いや、いらないとさえ思っている。

まあまだ、衣住食があるだけマシ。旧華族だから、世間の目はとても大切なんだとか。

あの女も、いやいやあたしを家に置いているようなもんだ。

何処ぞの野良猫が共同生活しているとでも思っているのだろう。

まあ、気にしないけれど。

あたしの悩みは、異母妹の美珠。

こいつは、まぁ根っからのご令嬢で、ほら、漫画とかでよくみるでしょう?

人を当たり前のように下に見て小馬鹿にする。

そんな性格をしている。しかも、表ヅラはすっごくいいの。

あいつはなにか自分の気に触ることがあればキンキン金切り声を上げて、その原因があたしならば継母に言いつけ、あたしにお仕置を食らわせる。

正直いうとこいつは本当に人生終わってんなって思う。

こんなので、この家の未来は安泰なのだろうか…。

「ごちそうさまでした」

いただきますも言わずに食べ始めた朝食は半分以上残っていた。

音を立てずに椅子から立ち上がり食堂を後にする。

……。ほんっっっとに、息苦しい。

あの、家族以下の家族も、この、後ろをちょこまかと着いてくるお世話係も。

「お嬢様、本日は雪が降る予報となっております」

ふるふる、と首を振って歩いて登校することを伝える。

「承知しました」