「乃愛ー! 起きないと遅刻するよ! 時間大丈夫なのー?」
勢いよく体を揺さぶられる感覚に、意識が覚醒した。
兄の言葉の意味を理解して、思いっきり飛び起きる。
「え、もう朝っ……!?」
壁の時計を見れば、いつも家を出ている時刻が示されていて。
……嘘でしょっ……? 遅刻しちゃう、やばいっ……!!
昨日、眠れなくて夜遅くまで起きてたからだ……! と、原因をしっかり理解しながら、ベッドを整え、クローゼットから制服を取り出す。
……と。
「乃愛、焦らなくていいよ。僕がバイクで送って行ってあげる」
神様のようなセリフが降ってきて、目を輝かせる。
バイクならまだ間に合う!
神様仏様お兄様……っ!
「ありがとう、ノドカくん……!」
「いいよ。忘れ物しないように、落ち着いて準備しな」
私の兄・白雪和日は、私が話せた数少ない男の人。
穏やかで優しい、自慢のお兄ちゃんなんだ。
人の話を聞くのが上手くて、悩み事の相談とか、すっごくしやすいの。
優しいし顔は整ってるし、すっごくモテるはずっ……!
ノドカくんはステラ学園大学に通ってるから、文化祭とかの行事で会えるんだ。
女の子がきゃあきゃあ言いそうだなぁ……、なんて思いながら、支度を終えて、シリアルバーを口に詰め込み、ノドカくんに駆け寄る。
「お、準備できた? ……って、ほっぺリスみたいなんだけど……。
リスさんの頬袋にはなにか詰まってるんでしょうかねえ。きっとシリアルバーだろうけど……」
苦笑いを向けられて、私は慌てて口の中のものを飲み込み、反論する。
「私はリスじゃないもんっ……!」
「そうだね、ごめんごめん。
じゃあ行こっか、乃愛」
「うんっ……! ノドカくんありがとう……!」
「どういたしまして。まあ、僕も用事あったしね」
……えっ? 用事……?
「ノドカくん、昨日、『明日は午前中暇なんだー』って言ってた気がする」
「あぁ……。急遽、彼女が受けてる講義が休講になったから。デート」
で、でーとっ……!?
ちょ、ちょっと待ってっ……。
「ノドカくんって彼女いたのっ?」
「え、言ってなかったっけ? いるよー」
のんびりした口調で言われて、バイクの後ろに乗せてもらいながら、質問攻めにする。
「全然言われてないよっ。どんな人っ? いつから付き合ってるの?」
目をきらきら輝かせている私を見て、ノドカくんが笑う。
「一年くらい前からかな。すごく優しい子だよ。結衣っていうの」
「わあぁ、素敵な名前……! 会ってみたいなあ……」
「結衣に伝えとくよ。結衣も『妹さんに会ってみたい』って言ってたから、今度会わせたげるね」
柔らかい微笑を浮かべたノドカくんが、私の手を自分の腰に回させた。
「ちゃんと掴まってて。いくよ?」
「安全運転でお願いしますっ……!」
「トーゼンでしょ? 暴走なんてしないから大丈夫」
くすりと笑ったノドカくんが、エンジンをかける。
私が背中にしがみつくのを確認してから、ノドカくんはバイクを走らせた。