「……で? 乃愛の許容範囲はどこまで?」
ルールが決定したあと。
彼はブランコに座ったまま、長い足をだらりと投げ出してそう聞いてきた。
「……きょよう、はんい?」
よくわからずに首を傾げると、彼は呆れた顔で私を見る。
「だーかーら。ハグとかキスとか、どこまでなら許されんのってハナシ。そんくらい理解しろよ……」
「はぇっ……!?」
はぐ。きす。
そんな言葉に、思わず赤面してしまう。
「は、ハグもキスも今は無理ですっ……!!」
「ふはっ。“今は”無理? 時間が経てばできるって解釈でオッケー?」
「の、ノットオッケーっ……!」
慌てふためきながら、しゅばっと腕でバツを作る。
すると。
「乃愛のそーいうとこ、好き」
なんて言われて。
「えっ、あの、今……っ」
頬が熱くなるのを感じながら、聞き返せば。
「……あー……。
ま、気にすんな。ヒトリゴト」
一瞬、恥ずかしそうに口元を隠して。
でもすぐに、デフォルトの意地悪な表情に戻って笑う。
「でも、少しでも好きって思ってくれたなら、嬉しいです……っ。私、嘘でも彼女なので……」
黒崎先輩が、目を見開いた。
……ん? え、あれ……?
わ、私、もの凄く恥ずかしいこと言ってるっ!!
顔から火が出そうになりながら、慌てて口を開く。
「そ、そのっ、今のは、えっとっ」
真っ赤になりながら、必死に弁明の言葉を探していると。
「あーあ。乃愛、顔真っ赤」
フッと笑ってからかわれ、さらに頬が熱を帯びる。
は、恥ずかしすぎる……穴があったら入りたいよ……!
「黒崎先輩、からかわないでくださいっ……!」
か細い声で、小さく叫ぶけど。
……逆効果だったらしく、黒崎先輩の唇は意地悪く弧を描いた。
「乃愛には悪いけど、からかうのはやめらんねー。だって」
一度言葉が切れ、彼の瞳が私をとらえる。
……そこで、ふと気づく。
──黒崎先輩に見つめられるのは、こわくない。
「乃愛の反応、かわいーから」
思考が止まった。比喩ではなく、ほんとに。
「か、かわ……っ?」
「可愛いっつってんの。日本語わかんねー?」
「日本語はわかりますっ……!」
意地悪な言葉に、急いで頭を回転させ、そう返す。
日本語はちゃんとわかりますからね……?
私、そんなにバカに見えるかな。
ちゃんと、もっと勉強しなきゃっ……!
心の中でそう意気込んでいると、急に。
「あ、やべっ。またアイツに怒られる」
「……あい、つ……?」
腕時計を確認した黒崎先輩が、勢いよく立ち上がった。
「ほら帰るぞ、乃愛。送ってく」
「え……っ?」️
スマホを取り出して時刻を確認すると、もう一時間くらい経ってる。
でも、今日は部活もなかったし、そんなに遅い時間ではないんだけど……。
「悪いな。今日、予定があって」
「そうなんですね……! 全然大丈夫ですっ」
急いで私も立ち上がり、黒崎先輩を見上げる。
「黒崎先輩の彼女役、頑張ります!
これからよろしくお願いしますっ」
そう言うと。
「……男の前で、笑えんのか」
驚いた様子の黒崎先輩に、私まで驚いてしまった。
私、黒崎先輩の前で、男の人の前で、笑えてるの……?
頬に手を当てると、ちゃんと笑顔なのが伝わってきて。
「わ、私っ、笑顔でしたよね……っ?」
「ああ。自然だった」
「やったあ……! 私、ひとつ成長できましたっ!」
ぱあっと表情を明るくして、笑う。
ちゃんと、私は笑えてる。男の人の前で。
凄く嬉しい。黒崎先輩のおかげだ。
「黒崎先輩、ありがとうございますっ」
「……別に、俺は何もしてないだろ」
「いいえ! 絶対、黒崎先輩のおかげですっ!」
こぶしを握って力説したら。
「そ。じゃあ、そーゆーことで」
なぜか安心したような表情を浮かべた彼に、首を傾げつつ、私はまた笑ってみせた。
「乃愛はかわいーし優しーな」
なんて、甘い笑顔で言われて。
──ずるいよ、黒崎先輩。
どうして、そんなに甘くて、優しいの……?
……黒崎先輩の優しさに、甘えてはいけない。
いつ裏切られるかだって、わからないのだから。
こんなにも黒崎先輩は優しいのに、それでも彼を信じきれない私がいて。
苦しくて、申し訳なくて、心が痛かった。