黒い王子と、甘い恋の嘘。



──そして、その日の放課後。

あのあと、瀬那ちゃんからたっぷりお叱りを受け、授業も受けて……もうぐったり。


瀬那ちゃんは女バスの部活があるから、すでに教室から出て行っちゃってるし。

瀬那ちゃんと一緒に帰りたかったけど、こればっかりは仕方ないよね。

気持ち切り替えて、早く帰ろうっ。


そう思って、学校指定のスクールバッグを肩にかけ、教室を出た時。



「きゃーっ!! 黒崎先輩〜!!」



女の子たちの黄色い悲鳴が聞こえてきて、びくりと肩を震わせた。

く、黒崎先輩……っ?

今は絶対聞きたくなかったその名前を聞いてしまい、うつむくと。



「乃愛!」



……早く逃げておくべきだった……!

もの凄く後悔しながらも、そーっと振り返る。

さすがに、無視するわけにはいかないもん……。



「黒崎先輩、どうしたんですか……?」

「ん? あぁ、可愛い彼女ちゃんと一緒に帰ろうと思って」

「そうなんですね……って、……えっ?」



彼女、とは、まさか。



「……人ごとだと思ってんの?」



人差し指で、くいっとあごを持ち上げられた。



「俺の彼女は、乃愛だろ?」



こんな所で、それ言います……っ!?



「乃愛、返事は?」



──でも。何がどうであれ、今の私は、嘘でも彼女だから……。

黒崎先輩の彼女を演じなきゃ、だよね。



「は、はいっ……!」



こくりと頷けば、黒崎先輩は満足げに笑い、私に手を差し出した。



……えっ、と。

何か渡すもの、あったっけ……?

とまどっている私に気づいたらしい彼は、呆れたような視線を投げかけてきた。

すぐに優しい表情に戻るけど、それは恋人を演じるための、“ツクリモノ”、なんだよね。



「手ぇ繋ぐから。ほら」



……えっ。

そ、そういうことっ……!?

ニブくてごめんなさい……!

心の中で必死に謝りながら、おそるおそる、自分の手を重ねる。

すると、──するり、と。

恋人繋ぎになるよう、指を絡められて。



「く、黒崎先輩……っ?」

「乃愛」



真剣な瞳で見つめられ、小さく心臓が跳ねる。

な、なんだろう……っ?

ちょっと身構えて、黒崎先輩を見つめ返すけど。



「……いや、いい。なんでもない」



ふい、と。視線をそらされ、濁されてしまった。



首を傾げながらも、黒崎先輩が歩き出したから、慌てて私も足を動かす。


だから……。


黒崎先輩の呟きには、気づかなかった。