いつも通りなのに、どこかいつも通りじゃない。


時間に余裕を持って登校して、

少し読書をしてから、朝学活で先生の話を聞いて、

午前中の授業をそわそわしながら受けて、

集中できてない自分にちょっと呆れて、

でも浮かれた気分は沈む気配なんてなくて。


私、なんか変なんだ。

お昼休みが待ち遠しくて、ずっとどきどきしてる。

でも、なぜか嫌じゃないの。


まるで、魔法をかけてもらったみたいに、気持ちがふわふわしてる。


待ちに待ったお昼休み。

瀬那ちゃんに手を振ってから、お弁当をふたつ持って、駆け足で教室を出ると。



「乃愛」



優しくてとびきり甘い声が、私を呼んだ。



その場で足を止めて振り返れば、黒崎先輩が壁にもたれて、意地悪な笑みを浮かべてる。



「彼氏なのに、気づいてくんねーのな」

「えっ……ぁ、ごめんなさい!
浮かれすぎて、早く行かなきゃ、って……」



やっと、思考回路が正常に戻った気がする。

どうしよう、嘘でも彼女なのに、彼氏に気づかないなんてっ……。

私が泣きそうになっていると、黒崎先輩は私の頭をぽんぽんとなでた。



「そんな落ち込まなくていーから」

「でも……」

「気にすんな。ほら、行くぞ」



さりげなく恋人繋ぎをされて、心臓が大きく跳ねる。



「く、黒崎先輩っ……!?」

「いーだろ、彼女なんだから」

「みんなこっち見てますよっ、離してください……!」

「なに、嫌? 嫌なら離すけど」



意地悪で、でも甘さを含んだ瞳に捕らわれる。



「……嫌じゃない、ですし……、」



たどたどしく言葉を紡ぐ私を、黒崎先輩は優しく見つめてくれる。



「やっぱり、離れるのは寂しい、です」



恥ずかしいけど、それでも本音を伝えたくて、必死にそう言うと。



「手が離れると寂しくなっちゃうくらいには、俺のこと好きなんだ?」



また意地悪な聞き方をしてくるけど、私は素直にこくこくと首をタテに動かした。



「好きです……っ」

「……っ、へぇ」

「だからお願い、離さないでください……っ」


急に寂しさが襲ってきて、うるんだ瞳で懇願する。



「……離してやるかよ、やっと捕まえたんだから……」



苦しそうな声音で、心配になって顔を上げようとした瞬間。


──ぎゅっ、と。

廊下の真ん中で、強く抱きしめられた。



「へ……っ」



きゃああっ、と悲鳴が上がる中、黒崎先輩は私の耳元で囁く。



「今、乃愛は俺の彼女。絶対離してやんねーから、覚悟しとけ」



ぶわっと、身体中を熱い血液が駆け巡る感覚。


私はぎゅっと彼にしがみついて、小さな声で呟いた。



「……離さないで、くださいね」

「とーぜん」



挑戦的に笑った黒崎先輩は、私をもう一回強く抱き締めてから、恋人繋ぎで歩き出した。



「早く二人っきりになりたいから、行くぞ」

「えっ……あ、はい!」



慌てて後ろを追いかけると、歩幅を私に合わせてゆっくりにしてくれる。

そんな優しさに、またどきどきしてしまった。