廊下を小走りに駆け、昇降口で靴を履き替え、黒崎先輩の元へ駆け寄る。
ちょうど休憩が挟まれたのか、彼はちょうどスポーツドリンクを飲んでいて。
「黒崎先輩っ……!」
少し息が上がった状態のまま、声をかけると、
「……っ、は? 乃愛……?」
黒崎先輩は目を見開いて、しばし固まり。
「……乃愛」
ぎゅううっと、強く私を抱き寄せた。
「黒崎先輩っ……!? どうしたんですか……?」
「……乃愛が足りない」
まるで少女漫画のヒーローみたいな、かっこいいセリフを囁かれて。
甘くて、熱くて、嬉しくて、なのに苦しくて。
苦しいのはきっと、黒崎先輩の言葉が本心じゃなくて、“彼氏を演じるため”だからで。
この関係だって、九月までには終わらせるって、相園さんと約束したのに。
……溺れちゃダメ。
自分にブレーキをかけなきゃいけないのも、苦しくて。
感情がごちゃごちゃになって、泣きそうで。
「乃愛」
さっきと同じ真剣な瞳に見つめられて、肩の力が抜ける。
何度か、思う。
黒崎先輩が私に向けてくれた言葉も、仕草も、全部魔法みたいだな、って。
「俺のことだけ、見てて」
少し震えた言葉に、目を見開くと。
──ピーッ!
練習試合再開のホイッスルが吹かれてしまった。
黒崎先輩、なんだか様子がおかしいけど、大丈夫かな……?
心配になって、口を開こうとするけど。
問答無用でもう一度強く抱き寄せられ、それから離れられて。
「行ってくる。……ちゃんと見てて」
そのままコートに走っていってしまった黒崎先輩。
大丈夫、かな。
不安になりながらも、私はぎゅっと手を握って、その不安に耐えることしか出来なかった。
