ホウセンカ

「嫌だったら、突き飛ばしていいよ」

 そう言いながら、頭を撫でてくれる。突き飛ばせるわけないじゃない。桔平くんの匂いは、私の鎮静剤なんだから。
 大きな背中に手を回して、しがみついた。桔平くんの腕に力がこもる。だけど全然苦しくはない。

 雷の音が遠くに感じる。代わりに聞こえるのは、桔平くんの心臓の音。規則正しくて、少しだけ速い鼓動。

「……やっぱ言い訳しときゃ良かったかなって、後悔してた」

 しばらくして、桔平くんが口を開いた。

「かっこわりぃんだけどさ。笑い飛ばせるほど、自分でも割り切れてねぇんだよ。だから、ごめん」

 やっぱり桔平くんにとって、あれは触れられたくないことだったんだ。
 誰にだって、人に言いたくない過去ぐらいある。そんなことは分かっていたけれど。桔平くんのこと、全部知りたい。でも自分に不都合なことは見たくない。すべて自分の理想の型にはめてしまいたくなる。私自身が一番、欠陥品のくせに。

 雷の音は、ほとんど聞こえなくなった。でも離れたくなくて、腕に力を込める。

「ごめんね」

 桔平くんの胸に顔をうずめたまま言った。私のせいで冷えていた体は、少しずつ体温を取り戻している。
 私がどうして謝ったのか、桔平くんは訊かなかった。この前もそうだったよね。余計なことは絶対に言わなくて、こんな風にただ優しく包み込んでくれて。だから私は、いつも甘えてしまうんだよ。

 インターホンが鳴る。そう言えば、ネットで注文していた洋服が今日届くんだった。
 でも立ち上がろうとしたところで、桔平くんに強く抱きしめられる。

「ここにいて」

 どんな表情をしているのかは、分からない。でもその声は、どこか切羽詰まった感じで。私は金縛りにあったように、動けなくなってしまった。
 もう雨の音も聞こえない。桔平くんの鼓動だけが耳に響く。

「また雷が鳴ったら、飛んでくるから」

 桔平くんが、ぽつりと言った。

「そしたら、こうやって愛茉を抱きしめさせてよ」
 
 どうして、こんなに私のことを好きでいてくれるんだろう。最初はインスピレーションだったとしても、いい加減嫌になるんじゃないの?
 もう分ってるでしょ。私がどれだけ面倒な性格なのか。一緒にいたって、ろくなことないんだよ。抱きしめてもらう資格なんてない、愛される資格なんてない女なんだよ。

「もう1回だけ言うけど。嫌なら、ちゃんと拒絶して。そしたら二度と、会いに来ねぇから」
 
 私の体を少し引き離して、じっと目を見ながら桔平くんが言った。そしてゆっくりと顔を近づける。私の反応を確かめながら。