ホウセンカ

「お、客が増えとるなぁ!昼時やしな!」

 小林は香辛料の香りが漂う店の前で立ち止まった。店先のスタンド看板には、癖のある字で“ヨネダ珈琲”と書かれている。これは小林が書いたんだな。お世辞にも上手いとは言えないものの、味のある字だった。

「おーい!愛茉姫と浅尾っちが来てくれたでー!」
「わぁーい!ようこそぉー!」

 忙しそうにしているのに、ヨネは相変わらずの笑顔だ。

 これまでヨネダ珈琲はドリンクスタンドのみだったが、今年はテント内に座席を設けて食事も提供することになった。その食事とは、コレットのカレーとサンドイッチ。一応オレが橋渡しをしたわけだが、あの商売っ気のないマスターが乗り気になったのも、ヨネの熱意に押されたからだろう。

 思えば学部1年の時から、ヨネは大学祭の模擬店に熱心だった。もともとコーヒー好きで、バイト先もコーヒーショップだ。将来は、アート好きとコーヒー好きが集まる飲食店を経営するという夢を持っているらしい。社交的なヨネにピッタリだと思った。
 
「浅尾も愛茉ちゃんも、来てくれてありがとう」

 モスグリーンのエプロンを身に着けた長岡が、次から次にドリンクを作っている。野暮ったい外見をしているくせに、ファミレスの厨房でバイトをしているだけあって、かなり手際が良い。

「2人とも、もう少し待っててね。今ちょっと、満席で……」

 長岡の言葉に、奥の席で食事をしていた男が素早く立ち上がる。
 
「あさっ、浅尾先輩!こここ、ここへどうぞ!あっ、彼女さんも!」
「でもまだサンドイッチ食ってんじゃん」
「食べ歩きは祭りの華なのでっ!」

 そう言って、その男は隣に座っていた連れと共にテントを出て行った。

 どうもオレは学内で有名らしく、一方的に認知されていることは日常茶飯事だ。そしてどちらかというと、女よりも男の方に慕われている気がする。何故なのかはよく分からない。

「んふふぅ。浅尾きゅんの威光発揮だねぇー。さ、2人とも座って座ってぇー」

 ヨネが冷たい水を持ってきてくれた。

「私、カレーが食べたいですっ」
「おっけーい!それで食後にカフェオレねぇー」
「さすがヨネちゃん!」

 愛茉はヨネに懐いていて、ヨネも愛茉をやたらと可愛がっている。ひとりっ子の愛茉からすれば、ヨネは良い姉のような存在なのだろう。

「浅尾きゅんはぁーカレー食べるー?」
「食う。食後はアメリカンで。つーか、さっきの誰?」
「学部の子だよぉー。浅尾桔平に憧れるぅーピッカピカの1年生ー!3浪だけどねぇー」

 藝大の学生は8割が浪人で、そのうち半数以上は2浪以上している。中には社会人を経て入学する人間もいるから、“ピカピカの1年生”に見えない連中ばかりだった。