ホウセンカ

 それから数日。桔平くんは、1日のほとんどをベッドの上で過ごしていた。糸が切れたというか、完全に気力を失っている感じ。

 話しかけると少し反応してくれるものの、自分からは口を開かない。食事も出来ず、水を少し飲むだけ。私が寝る前にモソモソとベッドを出てシャワーを浴びて、またすぐに布団へ潜る。目が虚ろで、表情からはなんの感情も読み取れない。

 スミレさんと付き合っている時の桔平くんは鬱っぽかったと翔流くんが言っていたけれど、きっとその時と同じような状態なんだと思う。

 だけど私は、普段通りを心がけた。変に気を遣うこともなく、普通にバイトへ行ってスーパーで買い物をして、ご飯を作って隣で眠る。いつもと違うことをすると余計に追い詰める気がしたし、今の私に出来るのは当たり前のように傍にいることだけだと思ったから。

 それが良かったのかどうかは分からないけれど、次第に桔平くんの口数が増えてきて、少しずつ食事を口にしてくれるようになってきた。
 だけどやっぱり、絵を描きはじめようとはしない。スケッチブックを開くこともなく、完全に絵から離れてしまっていた。

「帰ってもいいんだからな」

 8月も終わりを迎えようとしていたある日、夕飯のスープを飲みながら、桔平くんがポツリと言った。ようやくベッドを出るようになって、久しぶりにカウンターでご飯を食べてくれている。
 
「お父さんと智美さんに会いたいだろ。オレのことなんか気にせず、ひとりで帰省していいよ」

 本当は、ひとりにはなりたくないくせに。こういうことを言うのは、心が弱っている証拠。
 もう自分に絶望してほしくない。させたくないの。だから何があっても桔平くんの傍にいるって決めたんだから。絶対に、ひとりにはしない。

「私が桔平くんを置いて行くわけないでしょ」
「でもせっかくの夏休みなのに、引きこもりの世話ばっかりじゃねぇか。愛茉にはちゃんと帰る場所があるんだから、帰った方がいいだろ」

 そう言われて、はっとした。帰る場所。つまり、ふるさと。私のふるさとは小樽で、そこが帰る場所。
 じゃあ桔平くんは?横浜のご実家は、狭い水槽みたいだと言っていた。だから帰りたい場所ではない。桔平くんのふるさと、本当に帰りたい場所は……。

「私、鎌倉に行きたい!」

 身を乗り出して言うと、桔平くんは少し体をのけ反らせて目を瞬かせた。