それからまたあっという間に時間は過ぎて、夏休みに入った8月。今年は、北海道へ帰省しないことにした。
理由はもちろん、個展のため。お父さんと智美さんは、しっかり桔平くんを支えてあげなさいと言ってくれた。
桔平くんは私の誕生日を忘れずにいてくれたけれど、当然デートやディナーは無し。プレゼントを用意する時間もなかったと謝られた。でも私は一緒にいられるだけでいい。それに、桔平くんが自分の絵を描き上げることが何よりのプレゼントだと思っているから。
だけど、まだ描き始めていない。夏休みの期間に出来るだけ制作を進めておかないといけないのに。いくつか下図を描いても、納得いかずボツにしてばかり。この状態で年内に描き上げられるのかな。
それ以上に気になったのが、桔平くんの目が少しずつ暗くなってきたこと。また食欲がなくなって、たまに食べても吐いてしまっていた。そして、笑顔が明らかに減っている。家にいても虚ろな目で虚空を見つめるばかりで、何回か話しかけないと反応をしてくれない。
私は大好きな高校野球を観ても落ち着かず、桔平くんのために何が出来るのかを考え続ける日々が続いた。
「明日から1週間くらい、アトリエに籠るわ」
8月も下旬に差し掛かろうとしている頃、桔平くんが言った。何となく頭に浮かんだモチーフがあるから、少し集中したいんだって。
寝泊まりすることも想定していたから、折りたたみマットレスとか寝具はアトリエに置いている。問題は食事なんだけど、やっぱり固形物は喉を通らないらしいから、私が毎日スムージーを持って行くことにした。
「悪いな、たくさん作らせて。ありがとう」
「1食分も3食分も変わらないもん。すぐ冷蔵庫に入れてね。飲んだら玄関に置いといて」
初日は1日分のスムージーを桔平くんに持たせてお見送り。そして翌朝アトリエへ行って、空になった容器を回収して、その日の分のスムージーを入れた保冷バッグを置いていく。玄関までなら制作の邪魔にはならないから、顔も見ず声をかけることもなく、静かに部屋を出た。
3日目も容器が空になっていて、ホッとしながら帰路につく。いろいろと工夫して作ったスムージーを、桔平くんが全部飲んでくれる。ただそれだけで、夜ひとりで眠る寂しさなんて消えてしまう。
絶対に大丈夫。そんな念を込めながら、4日目も気合いを入れてスムージーを作った。
そしてアトリエに到着して、昨日までと同じように保冷バッグを確認する。でも、中身はまったく減っていない。見た瞬間、何故か胸騒ぎがした。
「……桔平くん?」
玄関からドアの向こうに声をかけてみたけれど、返事はない。邪魔しちゃいけないのは分かっている。だけど、どうしても気になって、そっと部屋のドアを開けた。
家具が一切置いていない部屋の真ん中に、桔平くんがぼんやり立っている。倒れていなくてホッとしたのも束の間、右腕から滴り落ちている暗赤色に、背筋が凍り付いた。
理由はもちろん、個展のため。お父さんと智美さんは、しっかり桔平くんを支えてあげなさいと言ってくれた。
桔平くんは私の誕生日を忘れずにいてくれたけれど、当然デートやディナーは無し。プレゼントを用意する時間もなかったと謝られた。でも私は一緒にいられるだけでいい。それに、桔平くんが自分の絵を描き上げることが何よりのプレゼントだと思っているから。
だけど、まだ描き始めていない。夏休みの期間に出来るだけ制作を進めておかないといけないのに。いくつか下図を描いても、納得いかずボツにしてばかり。この状態で年内に描き上げられるのかな。
それ以上に気になったのが、桔平くんの目が少しずつ暗くなってきたこと。また食欲がなくなって、たまに食べても吐いてしまっていた。そして、笑顔が明らかに減っている。家にいても虚ろな目で虚空を見つめるばかりで、何回か話しかけないと反応をしてくれない。
私は大好きな高校野球を観ても落ち着かず、桔平くんのために何が出来るのかを考え続ける日々が続いた。
「明日から1週間くらい、アトリエに籠るわ」
8月も下旬に差し掛かろうとしている頃、桔平くんが言った。何となく頭に浮かんだモチーフがあるから、少し集中したいんだって。
寝泊まりすることも想定していたから、折りたたみマットレスとか寝具はアトリエに置いている。問題は食事なんだけど、やっぱり固形物は喉を通らないらしいから、私が毎日スムージーを持って行くことにした。
「悪いな、たくさん作らせて。ありがとう」
「1食分も3食分も変わらないもん。すぐ冷蔵庫に入れてね。飲んだら玄関に置いといて」
初日は1日分のスムージーを桔平くんに持たせてお見送り。そして翌朝アトリエへ行って、空になった容器を回収して、その日の分のスムージーを入れた保冷バッグを置いていく。玄関までなら制作の邪魔にはならないから、顔も見ず声をかけることもなく、静かに部屋を出た。
3日目も容器が空になっていて、ホッとしながら帰路につく。いろいろと工夫して作ったスムージーを、桔平くんが全部飲んでくれる。ただそれだけで、夜ひとりで眠る寂しさなんて消えてしまう。
絶対に大丈夫。そんな念を込めながら、4日目も気合いを入れてスムージーを作った。
そしてアトリエに到着して、昨日までと同じように保冷バッグを確認する。でも、中身はまったく減っていない。見た瞬間、何故か胸騒ぎがした。
「……桔平くん?」
玄関からドアの向こうに声をかけてみたけれど、返事はない。邪魔しちゃいけないのは分かっている。だけど、どうしても気になって、そっと部屋のドアを開けた。
家具が一切置いていない部屋の真ん中に、桔平くんがぼんやり立っている。倒れていなくてホッとしたのも束の間、右腕から滴り落ちている暗赤色に、背筋が凍り付いた。



