こんな日に限って、やたらと天気が良い。シャワーを浴びて爽快感を覚える自分が忌まわしかった。

 まだ生きている意味はあるのか。理想の絵を追い求められるのか。何も分からなかったが、命があるからには生きるしかないと思った。

 そのまま思い立って、バックパックに荷物を詰め込んで成田空港へと向かう。行先は空港に着いてから決めた。

 そしてインドネシアの島々を3週間かけて旅をする中で、一度は失った絵に対する情熱を少しずつ取り戻していく。ただ描こうとすると、あの黒い絵が脳裏に浮かんで手が震えるようになっていた。

 それでも既に“浅尾瑛士の息子”として名前が知れ渡っていたオレには、筆を置くことなど許されない。だから描き続けるために、自分を捨てて“浅尾瑛士の息子”の絵を量産していく。

 相変わらず食事はまともにとれず、不眠症も治らない。眠れない夜は街を徘徊して、いろいろな女と寝て過ごす。もう特定の女と付き合う気は起きなかったし、オレにはこういうスタイルが合っているのだと言い聞かせた。

 白金のマンションを出ることを決めたのは、スミレと別れて半年ほど経ってから。スミレと過ごした色があまりに濃く残っている部屋にいるのが、どうしても辛かったからだ。

 新しく住む家には誰も招かず、自分だけの空間にするつもりだった。気兼ねなく過ごせるように分譲マンションの購入を決めると、翔流にはかなり驚かれた。
 一生ひとりで過ごして、そこで死ぬ。それでいい。終の棲家だから、多少値が張っても買うことに迷いはなかった。

 こうして高円寺のマンションに引っ越したのが、大学3年になる前の春休み。スミレと別れて1年が経つ頃だ。

「なんか、ちょっと寂しいな」

 引っ越す時、翔流がぽつりと言った。

「でも、お前のためにはいいんだろうな。別れても……まだ苦しんでるように見えるし」

 二度と抱けない女の面影だけでなく、自分の絵が描けない苦悩は、常につきまとっていた。

 描き続けることで変わるのか、それとも何かきっかけが必要なのか。スミレが言った通り、苦しんで苦しんで苦しみぬいて描き続けるしかないのかもしれない。

 引っ越したのをきっかけに、不特定多数の女と寝るのもやめた。眠れない夜は、絵を描き続ける。光が見えなくてもいい。生きている限り、命を燃やして絵と向き合い続ける。オレにはこれしかないと思った。

 そして3ヶ月が経った時。

「今度の連休、また合コンやるから。今回は、めちゃくちゃ可愛くて良い子がいるってよ。絶対に予定空けとけよ」

 この翔流の言葉をきっかけに、オレは運命としか言えない出会いを果たすことになる。