「私、桔平とのキスが1番好き。桔平に抱かれるのも1番好き。この顔も体も、とても純粋で繊細で人一倍寂しがり屋な性格も全部……」

 スミレの瞳から落ちてきた雫が頬を伝う。オレ自身の目は乾ききっているが、もしかしたら自分が泣いているのかもしれないと思った。

「貴方の全部を愛してる。この気持ちに、嘘なんてないの」

 震える声で言った後、スミレが上着を脱ぐ。そしてまた、唇から熱が注がれる。

 もう終わりなのか。何となく、そう感じた。触れても触れられても、以前のように湧き上がってくるものがない。オレの心は完全に死んでいた。
 それなのに、求められたら反応する。3年半で体に染みついてきたことだからだ。スミレがどうして欲しいのかも、手に取るように分かった。

 スミレの体調は気がかりだった。つわりは平気なのか。そもそも子供はどうしたのか。訊ねてもスミレはただ大丈夫だと言うだけで、その意味を語らない。ひたすらオレを求めて、時折涙を流しながらしがみついてきた。

 あの箱根の夜のような熱情は、もうない。感情も意識もどこかへ置いてきてしまったオレ達は、ろくに会話もせず、朝まで体を重ねた。

「……じゃあね、桔平」

 スミレの声が耳元で聞こえて、やわらかいものが頬に触れる。オレは目を閉じたままだったが、寝たふりをしているのには気づいていたのだろう。
 まだ外は薄暗い。オレの絵を引き取ると言って、スミレは部屋を出て行った。

 それで俺たちの関係が終わったのは、わざわざ口に出さなくても分かる。突然目の前に現れて突然いなくなるなんて、本当に勝手な女だ。
 子供のことも、最後まで話してくれなかった。だから結局どうなったのか今でも分からない。

 2人で笑い合ったことは、数え切れないほどある。一緒にいて幸せだったし、確かにお互い愛し合っていたはずだ。

 それなのに、ずっと苦しかった。そして苦しみぬいたその先に見えたのは、どす黒くて醜悪な景色。結局オレは、絵もスミレも失った。

 また目を閉じる。意識が遠のく。もうこのまま死んでもいい。本気でそう思った。
 しかし人間は、そう簡単に死なないものらしい。どのくらい寝ていたかは分からないが、目が覚めたら腹が減っていた。

 部屋を見渡すと、あの絵だけでなく、オレが破いたスケッチブックのページもなくなっている。すべてスミレが持っていったようだ。

 スマホのバッテリーは切れていた。少し充電して日付を見ると、3日も経っている。何回か目を覚ました気もするが、ほとんど覚えていない。翔流から生存確認のLINEが来ていたので、とりあえず“寝てた”とだけ返しておいた。