ホウセンカ

 スミレは大丈夫なのだろうか。つわりが辛い時期だろうし、精神的にも疲弊しているかもしれない。自分の体よりスミレの方が気がかりだった。
 
「もう別れてよ。頼むから。こんな桔平、見てられないよ」

 帰宅してから、翔流にそう言われた。スミレのことは極力伏せておきたい気持ちもあったが、これだけ迷惑をかけたからにはすべて話すしかなかった。

「オレから別れるつもりはねぇよ」
 
 今スミレと別れるのは、責任を放棄して逃げるのと同じだ。オレの子じゃないとハッキリ言われたが、100%確実なわけではない。翔流もそれは分かっているはずだ。それでも不満そうに顔をしかめている。

「あんな重い人のせいで、どうしてお前がこんなに苦しまないといけないわけ?」
「別に重くはねぇよ。束縛されてるわけでもないし」
「束縛してるだろ。お前の純粋さも一途さも全部利用してさ。好き勝手恋人を作ってるくせに桔平は自分に縛りつけるなんて、あまりに勝手だし重すぎるだろ。しかも他の男と子供作るなんて……これ以上付き合ってたら、お前本当に死んじゃうよ」
「でもオレの子供である可能性もゼロじゃない状態で、無責任に放り出せるわけねぇだろ。スミレがどう考えてるかにもよるけど、オレは学校辞めて働くぐらいの覚悟はあるし」
「限りなくゼロに近い可能性で自分の将来を決めてしまうなんて、めちゃくちゃ馬鹿げてるよ。もしスミレさんが産むって言ったら、お前は自分の子供じゃなくても一緒に育てる気なわけ?」

 翔流が心配するのも理解できる。まだ20歳そこそこの未熟な人間が子供を育てるなんて。しかもオレの子供である可能性は、限りなく低い。どんな事があっても、オレは必ず毎回避妊していた。

「スミレ次第なんだけどさ。本人は父親に心当たりあるんだろうし。そいつと育てるって言うなら、そうすればいいと思う」
 
 そもそも産むのであれば、それがベストなはずだ。ただオレは、自分以外のスミレの彼氏がどんな人間か知らなかった。彼女とはセックスを求められていたものの、彼氏について詳しく話を聞いたことはない。

 それに、ひとつだけ気になっていることがあった。

「……でもスミレが真っ先にオレのところに来たのは、何でなんだろうなって」
「そんなの、お前の優しさに甘えきってるからだろ」
「だとしたら、オレはスミレの甘えをちゃんと受け止めてやりたいんだよ」
「なんでだよ!」
「仕方ねぇだろ!オレはスミレが好きなんだから」
「なんで……」

 途端に翔流の顔が歪む。そして瞬きするのと同時に、大粒の涙が零れ落ちた。