ホウセンカ

 恋人になってからも2人で美術館や博物館へ行って、アートについてあれこれと語り合った。変わったのは、その後にスミレがオレの家へ泊まりに来るということだ。

 今思い出してみても、当時は覚えたての快楽にどっぷりハマっている状態だったと思う。スミレから求められることも多かったし、抱き合っていれば孤独を感じずに済む。同年代の人間と比べても精神が幼かった当時のオレが、スミレとのセックスに溺れないわけがない。

 ただ、体だけでなく、スミレに対する愛情を実感してきたのも事実だ。

 スミレは料理が苦手だったが、ひとり暮らしでまともな物を食べていないオレのために、包丁を握るようになった。オレに「ウマい」と言わせようと、必死に料理の勉強をする。そんな姿が、無性に愛おしかった。

 こんな人間でも、人を愛することができる。オレも真っ当なんだと思えたが、それでも心の隙間は完全に埋まらなかった。

 翔流のような友人がいても、スミレと恋人になっても、何故この隙間が埋まらないのか。それはやはり自分の絵を描けていないことが原因だと、少しずつ気がつき始める。

 スミレの客観的かつ的確なアドバイスのおかげもあって、絵の技術自体はかなり向上していた。

 ただ技術が上がっても、中身は空っぽ。スミレもそれが分かっていたから、もどかしく感じていたのだろう。絵を描き上げたらスミレにも見せていたが、その度に表情が曇る。いつまで経っても、画面の中に“オレ自身”がいないからだ。

「画面の中で自分を出さなくてどうするのよ。貴方は、なんのために絵を描いているの?」

 スミレが何度も問いかけてきたが、当時のオレには答えることができなかった。

 なんのために絵を描くのか。何故画面の中で自分を出せないのか。その時はまだ何も分からず、スミレの言葉が錘《おもり》となって、心が少しずつ深い場所へと沈んでいくのを感じただけだった。それと比例するように、オレの絵に対するスミレの執着も深いものになっていく。

 今なら分かる。スミレなりに必死だったということが。スミレは、オレが殻を破れるよう一生懸命になってくれただけだ。ただその想いが強すぎたことで、オレは徐々に追いつめられていくことになる。

 そしてオレのメンタルをさらに削る事実をスミレから告げられたのは、付き合って1年が過ぎた高2の夏。ひとり旅から帰ってきて、約20日ぶりにスミレを抱いた後だった。

「ポリアモリー?」

 オレのオウム返しに頷いて、スミレが胸に頬を寄せてきた。