「この辺は高級住宅街だな」
「浅尾さんの実家も、やっぱり高級住宅街なの?」
「そうなるんだろうなぁ。でけぇ家が多いし」
「横浜の、どのあたり?」
「中華街の近くだよ」
「中華街かぁ。私は……小樽出身なの」
 
 自分のことをほとんど話していなかったのを思い出して、少し勇気を出して言ってみた。
 
「小樽か、行ったことあるよ。小樽運河のガス灯っていいよな」
「うん、私もあそこは大好き。嫌なことがあった時、いつもひとりで行ってた」

 あ、しまった。余計なこと言っちゃった。なんかすごく、かまってちゃんっぽくない?繊細アピールみたいな。

 恐る恐る見上げると、すごく穏やかな顔で微笑んでいる浅尾さんと目が合った。

「そっか」

 その一言だけ。それだけなのに、どうしてこんなに泣きそうになってしまうんだろう。涙目になったのを悟られないよう、すぐに前を向く。

「風が気持ちいいな」
 
 浅尾さんは独り言みたいに呟いて、私の故郷についてそれ以上何も訊かなかった。

 ほどなくして、周囲の住宅に溶け込んだ石造りの建物が見えてきた。

 大きく張り出した金属の垂木が並んだ(ひさし)に、湾曲した石壁。その真ん中に、金属の縦格子で入口がつくられている。
 石と金属が調和した中世のお城みたいな雰囲気に、思わずため息が漏れた。

 中に入ってすぐの小さなエントランスホールは、天井の大理石が通した淡い光に照らされていて、とても神秘的。そしてその先の中庭は吹き抜けになっていて、底部には噴水がある。

 住宅に囲まれていて外側に窓をつくることができない代わりに、大きな中庭を設けて光を取り込んでいるんだって浅尾さんが教えてくれた。

 館内では仏教美術の展覧会をやっていて、薬師如来坐像とか観音菩薩坐像のほか、明王の絵?とかが展示されている。

 浅尾さんは展示品のひとつひとつをじっくり見ていて、その真剣な横顔に、私はついつい魅入ってしまった。絵を描く時も、こんな表情をしているのかな。

 芸術とか歴史とかさっぱり分からないけれど、展示物を見るのは楽しい。浅尾さんの解説付きだから、なおさら。
 ゆっくり回って、大体1時間半くらい。あっという間に時間が過ぎてしまった。