家にいても学校にいても考えて考えて。だけど考えすぎて迷宮に迷い込んでしまったから、海でも眺めながら……という桔平さんの言葉を思い出して、展望台へ向かった。

 あたしにとっては見慣れた景色。桔平さんは、ここで何を見ていたのかな。

 最初は雨の日。次はとても晴れた日。見える色は全然違う。あの綺麗な瞳で見ていたものが知りたい。そして普段から見ている景色を、あたしも見たい。

 あ、なんか急に目の前がカラフルになった。そっか、これだ。あたしが目指したいもの。分かっちゃった。視界が一気に開けて、頭の中がクリアになる。

 あたし、藝大に行きたい。桔平さんがいつも見ている景色が知りたい。そしてそこで、自分の絵を描きたい。

 それを伝えたら、桔平さんは黙って頷いた。相変わらず無表情なのに、心なしか優しい顔をしている気がして。胸の奥がキュンって鳴いた。

 やっぱりこれは恋だ。あたしの景色をカラフルにしてくれたこの人に、恋をしてしまった。だけど……。
 
「ああ、これは彼女の。今、彼女の実家に帰省してるから」

 ほらねぇー!知ってた!知ってたから大丈夫!傷ついてなんていないもん!あたしみたいな豆つぶが桔平さんと恋愛だなんて恐れ多いにもほどがある!なにが運命よ恥ずかしすぎる!地球の内核まで穴掘って引きこもりたい!

 あぁ~彼女って絶対可愛いんだろうなぁ。天使みたいなんだろうなぁ。いいなぁ。宇宙が爆発しても彼女一筋って、あたしも桔平さんに言われてみたい人生だった……。

 こうして淡い恋心は儚く散ったわけだけど、桔平さんが別れ際に言ってくれた言葉は、あたしの大切な宝物。

「オレも会えて良かったよ。またな。頑張れよ」

 あたしなんかと出会えて良かったって。またなって。頑張れって。この言葉を反芻するだけで、ご飯3杯は余裕だ。心のボイスレコーダーにしっかり保存した!

 連絡先は教えてくれなかったけど、それはあたしのことが嫌だからじゃなくて、彼女のことをすごく大切に想っているからなんだろうな。ああ、ますます推せる。尊い!

 あたしは、桔平さんがいる藝大へ絶対に行きたい。不純な動機でもいい。それが原動力になるなら、桔平さんだって許してくれる……よね?

 藝大の現役合格率は3割程度。桔平さんのような天才的な人じゃないと、絶対に無理。だけどあたしだって、この中に入ってやる。桔平さんがいつも見ている、カラフルな景色を見るために。そして自分が描きたい絵を、もっともっと描くために。

 待ってろ上野の西郷どん!3年後のあたしは、桔平さんと同じ藝大生だっ!


***おわり***