「あ、桔平さんも映ってる。かっこいい。この投稿だけ、めっちゃ“いいね”ついてるし」

 さっそくヨネのアカウントを眺めながら、彩ちゃんがへらっと笑った。

 オレへの気持ちは、きっと恋愛感情なんてものではない。ほとんどただの憧れだろう。綺麗なまま箱へしまっておく方がいい。

 その後しばらく、藝大の入試のことやキャンパスの雰囲気など、彩ちゃんが知りたがっていることをいろいろと話した。展望台には、何故かオレたち以外誰もいなくなっている。
 
「桔平さんが博士課程まで進むなら、あたし2浪しても大丈夫ってことですかね」
「そんな気持ちでいると合格できねぇぞ。一発で受からなきゃ死ぬぐらいの覚悟で勉強しろ」
「やっぱりスパルタぁ……で、でも頑張ります」

 こんなに直向きなのは、若さだけでなくこの子の本質が真っ直ぐだからなのだろう。オレにとっては、真夏の陽射しのように眩しく感じた。

 少しずつ、日の入り時刻が早くなっている。暗くなる前の帰宅を促すと、彩ちゃんは唇を少し噛み締めて力なく頷いた。

 東京へ帰るまであと数日あるが、オレがここに来ることはもうないだろう。彩ちゃんも、そのことを何となく察しているようだ。リュックを背負って、ママチャリを停めているところへのろのろと向かう。それからしばらく立ち止まった後、オレの方を振り返った。

「あの!あたし桔平さんと出会えて、本当に良かったです!人生変わりました!一生ついて行くので、これからもよろしくお願いします師匠!」

 そこら中に響き渡る大声で、彩ちゃんが叫ぶ。離れていてもはっきりと分かるぐらい、その瞳は潤んでいる。

「オレも会えて良かったよ。またな。頑張れよ」

 彩ちゃんは大きく頷いて、勢いよくママチャリを漕ぎ始めた。その後ろ姿が、あっという間に小さくなる。

 西の海へと沈んでいく夕陽は、杪夏(びょうか)独特の感傷的な色を纏っていた。先日見た景色とはまったく違う。それは、オレ自身の変化を表しているのかもしれない。写真を撮る気にはならず、しばらくひとりでその景色を眺める。

 すると、今日の夕飯が豚肉の生姜焼きだったことを突然思い出した。早く帰ろう。いつものように、とびっきりの笑顔が出迎えてくれるはずだ。

 バス停へ急ぐと、ちょうど始発のバスが出発するところだった。愛茉の顔を1秒でも早く見たくなって、オレはそれに飛び乗った。