ホウセンカ

「あっ、え、えっと。あたし、い、いま水族館でバイトしてて、帰りにここに立ち寄るのが日課なんですけど……ああ、あの……この前も見かけて。えっと、が、画家の方、ですか……?」
「……ただの学生」

 その少女から、特に嫌な空気は感じられない。それでも今までのオレなら、返事もせずに無視していただろう。今日は何となく、会話をしてもいいような気になった。
 
「学生……美大とかですか?」
「東都藝大」
「えっ!」

 その声に、周りの観光客が一斉に振り返る。やたらと声が大きいのは若い証拠か。

「すす、すみません。思わず大声が。す、すごいですね」

 何がすごいのか、よく分からない。東都藝大は日本最高峰の藝術大学と言われてはいるが、オレ自身はなんの苦労もせずに入学したこともあって、その権威をあまり実感していなかった。教育の質は、確かに高いと思うが。
 
「あの、あたしも絵を描いていて。えっと、高1なんですけど、美術科で。あの、油絵、本格的に描きはじめたの高校に入ってからだから、まだ下手なんですけど……でも上手くなりたくて……」

 オレが言葉を返さないからか、やたら早口で、しどろもどろになっている。なるほど、話しかけてきたのはそういうことか。芸は道によって賢し、というわけだ。

「そ、それでその……スケッチブックお持ちだから画家の方かなぁと思って、お話聞きたくて声をかけてしまいましたけど邪魔してすみません!し、失礼します!」
「別にいいけど」

 慌てて立ち去ろうとする背中に声をかけると、少女は弾かれたように振り返り、目を見開く。

「え、え?」
「話を聞きたいんだろ?絵のことなら、どうぞ」
「い、いいんですか?」
「いいよ、別に。どうせ日没までいようと思ってたし」
「あ……ありがとうございますっ!」

 そう言って勢いよく頭を下げると、反動でメガネが地面に落ちた。

 オレみたいなヤツに話しかけてくる人間は、大抵面白い。それにこの高校生からは、絵に対する純粋な向上心と好奇心を感じる。オレにとってもいい刺激になりそうだ。

 とりあえず同じベンチに座るように促すと、やたら端の方に腰かけた。一応、警戒はしているのかもしれない。

「あ、あの……あたし、デッサンが上手くならなくて。あっ!あの、あたし三森彩といいます。“いろどり”って書いて、アヤです。えと、お、お名前を聞いても……」
「浅尾桔平」
「桔平さん……あっ、すみません、あ、浅尾さん」
「いいよ、桔平で」
「は、はいっ!したっけ、あたしも彩で……」

 へらっと笑う顔は、やはりまだ幼い。妹がいたら、こんな感じだろうか。
 偏見かもしれないが、東京で見かける女子高生よりも透き通っている気がする。