外へ出ると、空気が少し埃っぽく感じた。どうやら花粉が大量飛散しているらしいが、オレも愛茉も今のところ花粉症とは無縁だ。

 ただ潔癖症の愛茉は、洗濯物を部屋干しにしている。家に帰った時も、玄関へ入る前に花粉を叩き落とした上で粘着ローラーを使えと口を酸っぱくして言われていた。

 ギャラリーから200mほどの場所にあるコンビニに入った瞬間、レジにいる店員から挨拶をされる。2回しか来ていないはずだが、何故か顔を覚えられたらしい。

 飲み物を物色してレジへ向かおうとすると、ガラス越しにヨネが手を振っていた。そして、小走りで店内へ入ってくる。

「おっつぅー。浅尾きゅん、外から見ても目立つねぇー」
「店員に顔を覚えられてんだよな」
「そりゃそうだよぉー。いっつもハデハデなんだからぁ」

 バイト終わりのはずなのに、ヨネはまったく疲れた顔をしていない。

 日本画の画材は高価な物が多く、学生のほとんどはサークルには参加せずバイトばかりしている。

 制作とバイトの両立は言うほど簡単ではない。それでも、ヨネはいつも笑顔だ。最初に話しかけられた時は変な女としか思わなかったが、その屈託のなさには毒気を抜かれた。

 そして、人を色眼鏡で見たり上辺だけで判断したりすることがない。それは長岡も、普段はふざけきっている小林も同じ。だから心地良かったし、何より信頼できた。

「ねぇー愛茉ちゃん、また来てくれるかなぁー?」

 ヨネは特に何も買わず、オレと一緒にコンビニを出た。
 
「今日はバイトだけど、明日は来るって言ってたな。最終日だし」
「わーい嬉しいー!ヒデちゃんも喜ぶだろうねぇ」

 長岡は昨日、愛茉に告白したらしい。というより、自分のことが好きなのかという愛茉の質問に答えた形のようで、本人にとっては思いもよらない事態だったのだろう。
 オレやヨネたちにそのことを報告するあたり、長岡は律儀というより馬鹿正直だと思った。

「モテる彼女を持つと大変だねぇ、浅尾きゅんはー」
「別に。周りは関係ねぇし」
「愛茉ちゃんってー見た目も天使だけど中身が可愛いよねぇー。すっごくピュアな感じー」
「そうだな」

 ヨネがオレの顔を覗き込んで、やたら嬉しそうにしている。なんだよ。

「んふふぅ。浅尾きゅんを笑顔にさせるにはぁ、愛茉ちゃんの話題がいちばんだねぇ」
「オレ、笑ってた?」
「笑ってたぁ」

 どうやら“愛茉”という単語を耳にすると、条件反射で表情が緩むらしい。我ながら溺愛しすぎているな。