「……す、好き、です。君のことが……。一目惚れなんて初めてで……忘れられなくて……ご、ごめん……」

 メガネの奥の黒目がちな瞳は、芯が強そうでとても澄んでいる。きっとすごく優しくて誠実で素敵な人なんだろうな。

「……長岡さんの気持ちは嬉しいです。でも私は、あなたが思うような綺麗な女じゃありません」

 桔平くんと出会ったばかりの頃を思い出してしまった。そんな綺麗な瞳で、私なんかを見ないで。桔平くんに対しても、同じことを思っていた気がする。

「ただ表面を必死に取り繕っているだけで、中身はグチャグチャ。本当の自分は、桔平くんにしか見せられない。桔平くんは私の全部を見ても、大好きだって言ってくれる。だからいつも甘えてばかりで。私は……長岡さんが描く女性のように、強くて綺麗な人にはなれないんです」

 とても真剣な瞳で私を見つめていた長岡さんが、ふと視線を逸らした。その先にあるのは、桔平くんの風景画。

「……そんなこと、ないと思う」

 絵を見つめたまま、長岡さんはポツリと言った。

「俺も画家の端くれだから、物事の本質を見る目は養ってる。そりゃ……まだ未熟ではあるけど。それでも、愛茉……さんを見た時、上辺だけじゃない美しさや強さを感じたから……。でもそう感じるのはきっと……浅尾がいるからなんだろうな」

 桔平くんの絵を見つめる長岡さんの表情には、後ろ暗い雰囲気が一切ない。純粋な羨望。ただそれだけがあるように感じた。

「俺、高校も同じだったんだけど。6年間で、本当に初めて見た。浅尾のあんな顔。すごく大切にしているのが分かるっていうか……」

 桔平くんと長岡さんは、高校も同じなんだ。案外、付き合い長かったのね。
 長岡さんはまたスマホをギュッと握りしめて、私の顔を真っすぐに見た。

「だ、だから、2人の邪魔をする気も、迷惑をかける気もないよ。だけど……その……お、俺の心は、俺だけのものだから。君のことが好きだって気持ちがあるうちは、勝手に想わせてほしい……。だ、ダメかな」

 桔平くん以外の人に、ここまで真っ直ぐ告白されたのは初めて。

 私は、こんなに純粋な人に想われるような女じゃないのに。言っていることと思っていることが違ってばかりで、自分の表面をいかに綺麗に見せるかが大事で。狡いことばかり考えている人間なんだよ。
 
「……ダメでは、ないです」

 それでも、こう言うしかないじゃない。人の心は変えられないんだもん。

「でも私は、桔平くん以外の人は絶対好きにならないので。私がいないと、桔平くんは不健康まっしぐらで早死にしちゃいそうだし。私も桔平くんの傍じゃないと、自分らしく生きていけないから」
「わ、分かってる……ごめん」
「謝らないでください。悪いことなんて、何もしていないんだから。あ、でも、私をモデルにした絵は描かないでくださいね。それは桔平くんが怒っちゃう」
「さ、さすがにその勇気はないかな。でも……ありがとう……」

 そう言って笑った顔は、やっぱり純粋そのもので。重たい前髪から見え隠れする瞳が、少しだけ潤んでいるようにも見えた。

 あまりにも透き通ったその想いに、私は絶対応えられない。桔平くん以外に心を動かされることなんて有り得ないから。
 だけどいつか、この純粋な心を掬い上げてくれる人が現れてほしい。そう願わずにはいられなかった。