愛茉は愛茉で、七海ちゃんと遊びに行ったりバイトをしたりと好きに過ごしていたようだ。ただ、愛茉がいない時ひとりで寝るベッドは、妙に広く感じる。そういう時は決まって、あまり眠れなかった。

 大学祭用の絵画制作が一段落して、いつものように愛茉が泊まりに来た翌朝。前の晩はやたらと早く寝たくせに、愛茉はなかなか起きなかった。

 喉が渇いたのでベッドを出ると、愛茉がうっすら目を開ける。

「おはよ」
「うん……」
「朝飯、食う?」
「ううん……今日はいらない」

 ゆっくり体を起こしながら言った。浮かない表情だ。体調でも悪いのだろうか。
 
「コーヒー淹れるけど、パン焼かなくていい?」
「いいってば!」

 声を荒らげた直後、愛茉はバツの悪そうな表情で唇を真一文字に結び、再び布団へもぐった。やたらと気が立っている。

 今日が何日だったかスマホで確認して、その理由を察した。そういや、毎月下旬ぐらいだって言ってたか。眠そうだったしな。

「まぁ、腹減ったら言ってよ」

 オレは自分の分だけコーヒーを淹れることにした。しばらく放っておくほうがいいだろう。

 ここのところ出ずっぱりで構ってやれなかったから、今日は家にいるか。どうせ天気も悪いし。もし雷でも鳴ろうものなら、またパニックになる。

 しばらくして、愛茉がもそもそと起き上がって洗面所へと向かった。そして戻ってくると、キッチンカウンターに座ってパソコンを開いているオレの背中に抱き着く。

「……怒ってる?」
「別に、怒ってねぇよ」
「嫌いになったでしょ」
「なんでだよ」
「なったんだ」
「なってねぇって」
「絶対イラっとしたでしょ」
「いや、全然?」

 こうやって、いちいちオレの気持ちを確認しようとする。しかも、かなりしつこい。世間一般では、こういうタイプを“面倒な女”と言うのかもしれない。

 翔流はスミレのことを激重だと言ったが、愛茉も相当重くて面倒だ。そしてそういう女は嫌われると思っているから、必死に取り繕う。

 ただ最近はメッキが剥がれてきたのか、それとも取り繕う必要がないと思ってきたのか、オレの前では猫を被らなくなってきた。

「少しくらい思ったでしょ。こいつ面倒くさいなって」

 背中越しではあるものの、どういう表情をしているのか容易に想像できた。不思議なもんだな。猫を被っていない今の方が、よっぽど猫っぽく見える。可愛くないわけがない。
 
「思ったよ。すげぇ可愛いなって」

 スツールに座ったまま振り返って、愛茉の顔を引き寄せた。

 風が吹けば、すぐに飛んでいってしまうような愛はいらない。何でも軽いものは性に合わないんだよ。

 愛なんて、重くてなんぼだろ。