昔から、人の言動が本音なのか建前なのかを何となく嗅ぎ分けられる。愛茉は建前だらけだったわけだが、合コンという場なら当たり前のことだ。それでも他の誰でもなく愛茉のことが気になったのは、これが運命づけられていることだったからとしか思えない。
 
「まぁ、オレにとっては最高の彼女だよ」
「ノロケるねぇ。とりあえず、スミレさんみたいな激重地雷女じゃなければ良かったよ」

 オレは翔流の前で、スミレのことに関して悪態をついたことはない。そもそも自分で選んだ女を悪く言うのは嫌だった。

 オレが言わない分まで言おうとしているわけではないだろうが、翔流はスミレを痛罵してばかりだ。その度に思わず庇いたくなる自分が出てきてしまうのも、あいつを思い出したくない理由のひとつだった。
 
「……オレは、掛け布団は重みがある方が好きなんだけどな。軽いものより、しっかり密着する感じで」

 翔流は何も言わず、パフェグラスにザクザクとスプーンを突き立てて、底にあるシリアルを崩している。理解できない、したくないと思った言葉は、いつもスルーだ。それが心地よかった。

 こいつは地頭が良くて天才肌なので、オレの言動を嫌悪せず興味を示してくることが多い。ただ、興味がないことには一切見向きもしない。オレが頭を整理するためにひとりで喋り続ける横で、何の反応も見せずに別のことをしている。

 それまでオレの周りにいた連中は拒絶するか追従(ついしょう)するかのどちらかだったので、翔流のようなタイプは新鮮だった。

「んじゃ、読んだら返すわ」
 
 本を貸して翔流と別れた後に学校へ行くと、妙に制作が捗った。毒気を抜かれたからかもしれない。

 ただ、スミレの言葉は今でもオレを悩ませている。苦しみの中でしか良い絵が描けない。それならば、今描いている絵は良い絵とは言えないのだろうか。そもそも良い絵とは何なのか。一体誰が評価をするものなのか。

 描き続けていれば答えが出るのか、それすら分からない。海図もコンパスもなく、7つの海のどこかに沈んでいる宝を見つけようとしている。そんな感じだ。ただ、筆を止めることは自分のアイデンティティを放棄することになる。

 今描いているのが良い絵かどうか。それを考えるのは後回しだ。とにかく大学祭に間に合わせることが責務なので、それから1週間ほどは毎日大学へ行っていた。