それでも義父はオレが絵を描き続けられるようにと、都内の芸術高校への進学を勧めてくれた。そこは横浜から通うには遠く、高校進学と同時に都内でひとり暮らしをすることになる。

「体良く家から追い出す口実だったのかもしれねぇけどな」
「桔平くんが、自由にやれるようにじゃない?」
「まぁ、そう思っとくわ」

 愛茉が形の良い唇の両端を吊り上げる。
 
「高校は楽しかった?」
「楽しかったよ。中学までと違って、変わった連中も多かったし」

 翔流と出会ったのも、その頃。オレがよく行くコンビニでバイトをしていて、やたらと話しかけられた。オレがいつも派手で奇抜な服装だったから興味を持ったらしい。なかなか肝が据わった、面白い奴だと思った。

 学校へ行くことを強制されず好きにさせてもらったおかげで、オレの人嫌いは徐々に緩和されていた。次第に自分をコントロールすることも覚えてきて、早口も影をひそめる。だから同い年の翔流とも仲良くなれた。

 人との関わりが増える中で、高校1年の時に初めて女を知った。その女との出会いがその後オレを苦しめることになるわけだが、これは愛茉には話したくない。自分でもあまり思い出したくないことなので、今は蓋をしておく。

 中学まではひとりで絵を描いているだけだったが、高校ではコンクールへの応募を勧められた。すると必ず入選したり文部科学大臣賞を受賞したりするものだから、一気にオレの周りに人が集まるようになる。

 居場所が得られたと思う反面、阿諛迎合(あゆげいごう)するような視線に吐き気を覚えた。オレが浅尾瑛士の息子だと知る人間は、その色がなおさら濃く映る。

 同じ世界に身を投じたことで、父の偉大さを日に日に実感した。そしてその背中は、さらに遠くなる。

「さすがは浅尾瑛士の息子さんだ」

 それはつまり、オレの絵は所詮二番煎じでしかないということ。

 当たり前だった。人前に出す作品は、オレが描いたものじゃない。“浅尾瑛士の息子”のものだ。“浅尾桔平”の絵は、光が届かない暗い場所にある。

 何となく、自分の絵を表に出したくなかった。明るい空気に触れた途端に色褪せてしまいそうなほど、不確かなものだからかもしれない。

 それでも否応なしに、周りの連中は“浅尾瑛士の息子”を高く評価する。さすがだと持ち上げる。何が「さすが」なのか。オレの絵を見もせずに貼り付けられたラベルだけで勝手に期待をして、その通りだと満足する。それを剥がしてしまえば、見向きもしないんじゃないのか。

「貴方は苦しみの中でしか、良い絵が描けないんでしょう?」

 自分のアイデンティティの不安定さを実感していく日々で、思い出したくないあの女に言われた言葉は、今でも抜けないトゲとして心の奥深くに突き刺さっている。