それにしてもニルヴァーナが好きというあたり、穏やかで生真面目そうな見た目に反して、内面には熱いものを持っているのかもしれない。どうもオレは、内に抱えるものがある人間の方が好きなようだ。

「桔平君。愛茉のことを、よろしくお願いします」

 別れ際に言われた言葉の重みは、よく理解している。すべてとは言わないが、これまでお父さんが背負ってきたものの半分ほどを渡されたような気がした。

 愛茉が変わったのかどうか。正直オレには分からない。確かに、少しは自分の素直な気持ちを言うようになったと感じる。ただそんなのは、薄皮を剥いだようなものだろう。

 仮に変わったとしても、自分のおかげだなんておこがましいことは微塵も思っていないし、むしろ愛茉がいることでオレの方が助けられている。

 眠れなくて夜中にフラフラ出歩くこともなくなった。前よりは寝起きが良くなった気もする。愛茉が隣にいると、どうやらよく眠れるらしい。愛茉の匂いは落ち着く。他のどの女とも違う、温かい肌の匂いがするから。

 どうして好きなのかなんて、分からない。物心つく前から絵を描くのが好きだったのと同じように、愛茉を好きな気持ちは、自分の遺伝に刻み込まれていることなんだろうと思っている。

「ねぇ、桔平くん」

 愛茉がオレを呼ぶ度に、何をしていても一旦止めて話を聞く。そうしたい、してやりたいと思わせるものが、愛茉にはあった。

 溺愛しすぎている自覚はある。それでも、好きなものは好きだから仕方ない。昔から、一度好きになったものに対する執着は強い方だった。

 オレはいわゆる「ギフテッド」とかいうやつらしい。一度聞いた音楽をすぐに覚えてリズムが取れたり、異常な集中力で長時間ひたすら絵を描いていたり。とにかく、周りの子供たちとは明らかに違っていた。

 最初に気がついたのは父だった。読み聞かせをしているうちにすぐ文字を覚えて、2歳で自ら本を読むようになったオレに衝撃を受けたらしい。そして母に対して、オレがやることを否定してはいけないと釘を刺していたようだ。

 そのおかげか、父が死んでからも母に口うるさく言われた記憶はない。放っておいても勉強はしていて、成績は常に断トツだったからだろう。

 ただ学校の授業をつまらなく感じて、たびたび脱走していた。朝はいたのに2時間目には姿を消していて、海が見える公園までひとりで行って絵を描いている。そんなことが日常茶飯事。

 個性が強すぎるからと言って私立の小学校に入れられたものの、そこでもオレは完全に浮いた存在だった。