風の星(アーサ)が昇った。

 乾いた風が頬を撫で、夜の気配に甘い花の香りが鼻をつく。

 鳥がどこからか、飛び立つ音がした。

 バルコニーからは、オルガ市の首都、アンティリアが見える。

 暗い街に明かりが灯り、風に乗って時折、僅かに街の人の声が聞こえた。

 紺色の暗闇。

 室内を振り返ると、ベッドの傍と机の上に、一つずつ明かりが置いてある。

 私はバルコニーから離れ、カーテンを閉めた。ベッドに横たわると、冷たいシーツが肌に触れる。

 手足を投げ出し、天蓋を見る。

 薄暗い室内に、金色の刺繍が浮いて目立った。

 目を瞑ってみる。瞼に刺繍の余韻が残る。

 ブランケットを身体にかけてみるが、ひんやりとした冷たさに退けた。

 目を開ける。

 目が冴えてしまったようで、一向に眠れる気がしなかった。

 小さくため息をつき、ベッドから降り、そのままショールをかぶってベランダに出る。

 先程よりも少し空気が冷えていた。

 夜空を見上げると、アーサがキラキラと輝いている。
 
 ふと思い立ち、バルコニーの柵を乗り越えて中庭に飛び降りた。

 降りた瞬間、枝を踏んでしまったので、兵に気づかれるかと心配したが、その必要なさそうだ。

 そのまま木の隙間を縫うように進み、中庭の中央にある噴水まで行った。

 噴水の縁に腰掛け、自分の姿が写っている水面に手で触れてみる。

「……冷たい」

 水面に映っていた自分の顔と、満天の星が、水の波紋に歪んだ。

 手を引っ込めると、次第に歪んだ水面が、元通りになっていく。

 自分の髪に触れると、水面の中の自分も、左右対称に髪に触れた。その時だった。

 水面に映っていたはずの自分の顔が、自分のものではない顔に変わった。