「あれ、その本」
「あ」
見られたって何も問題はないはずなのに、なぜだか知られるのが恥ずかしくて慌ててその本も鞄に隠す。
「あはは。なんだか私も読んでみたくなっちゃって。でも本読むの苦手だから、まだ全然読めてないんだけど」
聞かれてもいない言い訳を必死にこぼす私を、青野くんはどう思ってるのかな。
「今の、一冊目?」
「え、うん。よくわかったね」
「うん。色でわかるよ」
確かに少しずつ違ったけれど、今の一瞬でよくわかったなと素直に感心する。
「どこまで読んだ?」
「本当に、全然だよ。まだ半分くらいなの」
「じゃあ全部読んだらさ、感想聞きたいな」
柔らかい笑顔を浮かべた青野くんが、嬉しそうに言葉を継いだ。
「この本読んでるの、綾瀬さんしか知らないから」
布に垂らした墨汁が滲んでいくように、じわじわと胸に広がる何かを止められない。
「……うん、わかった」
その日、初めて青野くんと一緒に帰り道を歩いた。
ここまでは同じ道、ここからは違う道と、いつも歩いていたはずの風景が少し違って見えて。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
明日は私の図書当番の日だ。
別れる寸前、あのさ、ともう一度声をかけられた。
「その、嬉しかった」
「え?」
「綺麗って言ってくれて、ありがとう」
バイバイと今度こそ手を振って帰って行った青野くんに、そういえば結局どの本があの色に近いんだろうと考えて。
初めて直接見た瞳を思い出しても答えには辿り着かなかった。