朝、いつもよりも眩しいくらいに笑顔を向けて挨拶をしてくれる真山くんに、今日はキュンとしなくてズキリと胸が痛んだ。

 昨日は紗和先輩と一緒にいて楽しかったのかな。どこに行ったのかな、何してたのかな。考えると眠れなかった。
 小さく「おはよう」と返して、席についた。

 休み時間、賑やかな教室内に響く真山くんの声。耳ではその声を追ってしまっているけれど、どうしても今は姿を見るのが辛くて、また胸が痛む。

「せとか、次移動だよ」
「あ、うん。行く」

 ぼうっとしてしまっていたあたしに、里麻が声をかけてくれて教科書を持って廊下に出た。
 すぐ目の前に真山くんの姿を見つけて、目が合った瞬間に逸らしてしまった。
 逃げるように里麻の袖を引っ張って「急ごう」って真山くんのことを避けてしまった。

 あからさますぎたかもしれない。だけど。きっともう叶わない恋なら、追わない方がいいのかもしれない。

 放課後、一人になりたくて普段はあまり人のこない三階の準備室前の外階段に出ていた。
 ため息を吐いて空を見上げる。
 透きとおるブルーが目に沁みる。我慢していた涙が、次々と溢れてきてこぼれ落ちる前に制服の袖で拭った。
 昨日の真山くんと紗和先輩の後ろ姿を思い出してしまって、どうしようもなく悲しくなる。
 やっぱりあの噂は本当だったんだ。失恋決定。片想いなんて、こんなものだ。

「……好きだったのになぁ」

 ポツリと呟いたあたしの後ろから、振り返らなくても分かる。しまったはずのアンテナは、即座に感知する。真山くんの足音。

「せとか?」

 名前を呼ばれて、頬を伝っていた涙を拭って振り向いた。

「どうしたんだよ? なんかあったのか?」

 心配してくれる優しさに、今日はじめて胸がキュンと弾んだ。

「ほら、これやるから元気出せよ」

 近づいてきて、右手の拳を差し出してくるから、あたしは戸惑いつつもその下に両手を差し出す。
 そっと、手のひらに触れる真山くんの手にもう一度キュンとなる。
 ゆっくり開いた拳から落っこちてきて手のひらに乗ったのは、小さい星形のキャンディー。

「可愛いっ! なにこれ」

 ピンク色の星の中にカラフルな粒が閉じ込められてキラキラ煌めくキャンディーに、可愛すぎて思わず感激してしまう。
 あたしが夢中になって眺めているのを見て、真山くんは笑った。

「やっぱそう言ってくれると思った。せとかの反応が見たくてそれ選んだの。可愛いっしょ?」

 隣に並んでそう言ってくれる真山くんに、あたしは嬉しくてまた涙が出そうになる。

 どうしてそんなに優しいんだろう。こんなに大好きな気持ち、一体どうしたら良いんだろう。胸の奥がキューッと締め付けられる。

 優しくて、だけど痛くて。いっそのこと、フラれるの覚悟で気持ち伝えられたらいいのに。だけど、あたしにはそんな勇気ない。

「あの、さ」
「ん?」
「彼女いる人の事好きとか、もう無理だよね?」
「……え? なにそれ。せとか好きなやついんの?」
「え?! あ、いや、もしもの話っ!」

 いきなりこんなこと聞いて、驚く真山くんに慌ててしまう。
 あー、なんかもうヤダ。こんなこと真山くんに聞いたって仕方がないのに。バカみたいだ。

 聞いてしまったことを後悔して、真山くんのことが見れなくなって俯いた。鉄階段の錆びた箇所が目に入る。

「やめとけよ、そんな奴」

 さっきまでの柔らかい口調ではなかった。
 そっぽを向いたまま、真山くんは呆れたようにそう言った。

 優しい笑顔も今はない。なんだか、落ち込んだ気持ちに、さらに自分を追い詰めてしまった気がして、恥ずかしくなった。

「そ、そうだよね。ごめん、変なこと聞いちゃって」

 真山くんの言う通りだ。あたしはまた泣きたくなってしまった顔を見られないように、その場から駆け出していた。

 夢中で走ってきて、誰もいない教室で自分の席に座った。
 握りしめていた真山くんがくれた星のキャンディーを、ピリッと開けて口に放った。
 ソーダみたいな爽やかな酸味とシュワシュワを感じて、また涙が込み上げてくる。

ーやめとけよ、そんな奴ー

 このキャンディがなくなったら、もう諦めよう。
 真山くんを好きな気持ちはそのままにしておく。きっと、いつかこのキャンディーみたいに消えてなくなる日が来るはずだから。

 だって、好きを伝えてしまったら、きっと今みたいには居られなくなっちゃうと思う。
 そんなの、絶対に嫌だから。