「せーとかっ、シャーペン貸して」
「え? また忘れたのー? もう、仕方ないなぁ」

 委員会活動で図書室に集められたあたしは、同じ図書委員の真山くんと並んで座っている。
 先生がプリントを配って今後の図書委員活動を説明していく中で、ペンケースも持たずにきた真山くんがあたしの方を覗き込みながら手を差し出すから、ちょっぴり嫌そうな言い方をしてペンケースからお気に入りのシャープペンを取り出した。本当はぜんっぜん嫌なんかじゃない。むしろ嬉しすぎて舞い上がってしまうところだったけれど、なんとか冷静を装えた、はず。

 放課後の教室。委員会も終わって帰りの支度をしていたあたしの机の前に立つ人影。

「せとか、コレありがとっ。めっちゃ助かった〜」

 あたしのお気に入りのシャープペンを片手に、ニンッと歯を見せて笑う真山くん。その笑顔に胸がきゅんっと弾んだ。

「これ、お礼ね〜」

 そう言って、拳にした右手を差し出してくるから、掬い取るように彼の手の下に両手でお皿を作る。
 あたしの手のひらにそっと拳を置いて開くと、あたしの好きなはちみつレモン味のキャンディがのっていた。
 触れ合った真山くんの手とあたしの手のひら。ドキドキが手のひらから上昇して、顔が熱を帯びていく。

「また明日ね」

 手を振って笑う仕草に、また胸がきゅんとした。あたしも小さく手を振り返す。

 手のひらの中、はちみつレモンキャンディーを眺めて、口元が緩んでしまう。お礼なんていらないのに、そんな優しいところも、もう、ほんと大好き。はちみつレモンキャンデーも大好きだけど、もったいなくて食べれないよ。

「どうしたの? ため息ついちゃって」

 胸に手を当てて昨日の真山くんの笑顔の妄想に浸っているあたしを見て、親友の里麻(りま)が帰る準備万端でやってきた。

「このシャーペンはもう一生モノにしよう」
「……え? 何があった?」

 あたしの発言に引き笑いしている里麻に、今のことを話す。

「ああ、真山くんね」

 いつもの事かと話半分であっさりそう言って、あたしのきゅん話を終わりにしようとするから、あたしはまだまだ聞いてほしくて、帰ろうとする里麻を引き止めた。

 と、その瞬間、窓の外から聞こえてきた声に瞬時に反応してしまう。
 ガタッと椅子から立ち上がって窓に向かうと、下を見下ろす。

 ロータリー付近。校門へと向かう真山くんを見つけた。男友達数人と楽しそうに帰っていく真山くんの後ろ姿を見つめる。そんなあたしに、里麻が近寄ってきた。

「よくわかったね。せとかの真山くんアンテナは最高の感度だね」

 呆れた様に言われてしまうけれど、その通りだからが仕方がない。
 あたしの真山くんアンテナは、どこに居たって足音や笑い声に反応してすぐに見つけられる。
 片想いする日々の中で、スクスクと大事に培われてきたあたしの気持ちそのものなのだ。

「あ、あれ、紗和(さわ)先輩じゃん?」

 里麻の放った名前に、あたしのきゅんで埋まっていた胸が半分くらいのダメージを受ける。

「また真山くんと一緒にいるね。ありゃ噂にもなるわな」

 もう一度下を見下ろせば、友達と一緒に歩く真山くんの隣に楽しげに笑う二つ上の紗和先輩の姿。
 本当かどうかは分からないけれど、最近真山くんが紗和先輩と付き合っていると言う噂が飛び交っている。

 もちろん、あたしの真山くんアンテナもその情報はすでにキャッチしていたけれど。知りたくないし信じたくないことだってあるから、全てを受け入れたりは当然出来ない。
 仲良さげに歩く二人に、背を向けた。

「でもさぁ、せとかも仲いーじゃん。真山くんと」

 慰めてくれるために里麻はそう言ってくれるんだろう。
 さっきもらったはちみつレモンキャンディーがちょこんとある手のひらを見つめた。

「……仲良いって、あたしばっかりが想ってるだけで、真山くんはなんとも想ってないんだよ……」

 ギュッと握りしめたキャンディー。たくさんあったはずのあたしの胸の中のきゅんは、全部弾けて無くなった。