「先輩」


「どうしたの?」


「もう受験、ですね」


「そうだね。全然実感湧かないや」




そんなくだらない話をしながら帰り道を歩いていた。

もう外は真っ暗で、寒い。



___とうとう、明日が大学受験。




「緊張、しますか?」


「ううん、全然。なんでだろうね」



あは、と笑ってみせるけど、嘘。

本当は、怖くて怖くて仕方がない。緊張して仕方がない。


明日なんて来て欲しくない。


それでも、明日が受験だという重い圧にずっと押され続けるのも嫌だ。



大学に、落ちたらどうしよう___。



そんな不安ばかりが頭の中でぐるぐると渦巻いているけれど、流くんにそれを悟られたくなくて。


しかも私は、流くんより年上だからって、そんな理由をつけてカッコつけてしまった。



ここで「緊張してる」って言えたら、流くんはどうしてくれたのかな。



手を握ってくれたかな。


「大丈夫」って、そう言ってくれたかな。


あの時みたいにマフラー巻いてくれたかな。



だめだ、やっぱり。「緊張してる」なんて言っちゃったら、どんどん甘えたくなっちゃうし、わがままにもなっちゃう。



そんなのカッコ悪いよ……。





___でも、その瞬間、大きくて温かいものに体中が包まれた。




「っ、え……」




それが、流くんに抱きしめられているんだと錯覚するまでに、そう時間はかからなかったけど……。




「……なんで」



「先輩、怖いって言っていいよ。さっきから手震えてるのバレバレだし」



「えっ」




うそ……。

流くんが抱きしめてくれたことで、嘘のように身体中に震えが止まったけれど、まさかそれを流くん、気づいていたなんて……。




「かなわないなぁ……」



へらっと笑うと、流くんも微笑み返してくれた。暗くてよく見えないけれど、ちゃんとわかった。



「……ちゃんと俺、知ってますよ。先輩すげぇ頑張ってたこと」



頭上で流れくんの声が聞こえる。

真っ暗な夜、大好きな人に抱きしめられながら聞く愛しい声は、まっすぐに私の心に溶け込んで。


さっきまで鼻をツンと刺すような冷たい空気も、いつのまにかほかほかとあたたかくて。




おまけに、唇に触れた、あたたかくて柔らかい、ナニか。





「っ……ながれ、く……」





流くんは、いたずらっ子のように悪い笑みを浮かべると、私をもう一度抱きしめた。








「……おまじないってやつ……ですね」










私の人生で初めての、"ファーストキス"。


それは、流くんがお守りとしてくれた、最初で最後のファーストキス。



それだけで、どんな壁も立ち向かえる、そんな気がした。








「じゃあ、行ってくるね」



「……はい」








相変わらず無表情に見える流くんの顔つき。


でも、知ってるよ。


ちゃんとその口角が、上がってるってこと。




私をまっすぐに見てくれてるってこと。




___私は、見送ってくれる流くんにきびすを返して、家に入った。