地下鉄の階段に差し掛かる前に手は離したものの、彼女の華奢な手の温もりは未だに残っている。

自分の家に帰る電車は逆方向だが、彼女を無事に家に送り届けることが使命だ。

やがて電車は、1つの急行停車駅に停まる。

そこで座席から立って、出入り口へと歩く彼女の背に、遅れることなくついていく。

「ちゃんと送りますよ。
三上先生には、言いたいこともありますし」

言えることは、それだけだった。

もっと、昔いた自分の母校の話などもしたかったのに。

俺は、今隣を歩く女性からはどう見られているんだろう。

恋仲には見えているか。

それとも、ただの友達同士?

上司と部下?

こういう時に、どんな言葉を発したら良いのか。

俺の頭の中の辞書をどれだけ捲っても、最適解は出てこない。

ずっとそんなことを考えていたから、とっさの呼びかけにも反応出来なかった。

それに気付けないなんて。

こんなんで、彼女に想いを伝えるなど、負け時合じゃないか。