(空視点)
今日は、英語のテストの返却があった。点数は100点、順位は一位。普通だったら喜ぶところなのだろうか?僕は、満点を取っても一位を取ってもどうしても嬉しいと思えない。アニメや小説のキャラクターによくあるような「100点や一位を取ることに慣れてしまった」とかそんなたいそうなことではなくて、ただ僕の欲しいものは100点を何回取ったって手に入らないものだからだ。
「あ〜あ...」
今日も一人で帰路を歩く。僕は、いつも一人で家に帰る。一緒に帰ろうと誘ってくれる人や帰りたいと思う人がいないわけではないがみんなに家や親を知られたくないという思いがあるからだ。まぁ、兄さんが人に言っていれば僕が隠しても何も意味がないのだろうが。家庭内暴力とかそういうことをされているわけでは決してないのだが、母さんは兄さんに冷たい。僕は兄さんのことが大好きで憧れだから兄さんに冷たい母さんは嫌だ。でも、産んでくれた恩があるから悲しませたくない。だから兄さんに一番は譲れない。
葛藤、という言葉はこのためにあるのか?と思うレベルだ。あ、葛藤は二人以上で悶着した場合の言葉か。
家に着いた。『夢咲』、可愛らしいフォントの漢字で書かれた見慣れた表札。
いつからだっただろう、この表札を見るたびに暗い気持ちを抱くようになったのは。

「兄さん、兄さん!ぼくね、かけっこでいちばんになれたんだよ!!」
「そうか、よかったな。つぎもいっしょにがんばろうな!」
「うん!!!」

小さい頃の記憶あの頃は気づくことはなかったけど今では眩しいほどの記憶。
あの後兄さんは優しく頭を撫でてくれたっけ...あの頃のような関係に一日でも一分でもいいから戻れるのなら兄さんに伝えたい。言ってあげたい。「僕は兄さんが一番だよ」って。今きっと兄さんが欲している言葉はそれだろうから。
そろそろ家の中に入ろう。母さんと兄さんの靴が並んでいる。兄さんもう帰っているのか。
「ただいま。」そう一言だけ告げると奥の方から声が飛んでくる。
「空ちゃんおかえり!今日はテストが返ってきたって聞いたけどどうだった?」
「100点だったよ。」
「あらすごいじゃない!」
そう母さんの次々とんでくる質問に答えている間に兄さんが二階へ続く階段を登って行った。兄さんと僕が喋らなくなってからよく見るとても暗い顔だ。
「今日はご褒美に空ちゃんの好きなもの作ってあげる!何が良い?」
明るい声で母さんが言う。
ねぇ、母さん?僕なんか見なくていいよ。僕なんかどうでもいいよ。気にしなくたって無視ししたって良いから兄さんのこと気にかけてやって?兄さんが...兄さんが辛い気持ちを抱えているのに気づいてあげて、愛してあげて...
兄さんが悩んでいるのはきっと母さんからの愛だ。
僕がどうにかしてあげたい。でも、それはきっと僕じゃ意味のないことだから、母さんじゃなきゃできないことだから。
「空ちゃん?どうしたの?」そんな思いが母さんに届くはずがないのに僕はずっと願い続けている。
いっそのこと口に出せたら楽になれるんだろうな、全部さらけ出して少しでも兄さんを楽にしてあげたい。
そんなことなんて、口に出すことなんてできるはずもないけれど。
「ううん、何でもないよ。」
僕は兄さんの、自分の大切な人を傷つけるだけのいらない存在だ。だけど僕は母さんに必要とされていて産んでくれた恩があるから裏切ることはできない。
どうすればよいのだろうか、なにをするのが正解なのだろうか。