翔ちゃんは今日8時半から仕事のため、一旦寮に帰って支度をしなければならない。
肩を控えめに揺らして声をかける。

「翔ちゃん、アラームセットしてあるの?そろそろ起きないとーー」
「んー…」

とろんと薄く目が開き、肩を抱き寄せられたと思ったら、そのまま翔ちゃんの胸に顔を打った。

「…え?」

一瞬何が起きたのかわからなかった。
彼の腕が背中に回り、抱きしめられている状態だ。

「し、翔ちゃんっ?」

声を上げると、ビクッと身体を揺らした翔ちゃんが私を見て目を見開き、身体を離して起き上がった。

「ごめん、間違えた」

何かが弾けるような衝撃が胸に走った。
彼はまだ寝ぼけているようで、キョロキョロと周囲を見回す。

「…翔ちゃん、今7時半だよ。寮に戻らないと仕事に間に合わなくなっちゃう」
「え、ああ」
「気をつけて行ってきてね」
「あーー」

翔ちゃんが何か言いかけたけど、私は逃げるように寝室へ戻り、そのままドアの内側に寄りかかった。
そのうち玄関のドアが開閉される音がして、息を吐くと同時に身体の力が抜けてへなへなと座り込んだ。

『間違えた』

やっぱり翔ちゃんには彼女がいるんだ。
彼女と間違えて私を抱きしめたんだ…

涙が浮かんで、立てた両膝に顔を埋めた。
こんな形で彼女の存在を知ることになるなんて思わなかった。
これも運が悪いからなんだろうか。

いつまでもウジウジしている私を、神様がせせら笑っているような気がした。